𝙵𝚒𝚕𝚎.𝟸𝟾 ページ29
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そして、彼はさらにそのままギリギリと首を圧迫し始めた。
その込められた力は強くて、喉がとても苦しい。意図的に呼吸をしなければ息ができないほどに。
「やっ……やめ……て!」
すっかり豹変してしまった施設長さんに必死に懇願するが、彼は表情ひとつ変えず。
こ、このままじゃ、息が……!
私は本格的に窒息してしまいそうだと察し、手足を暴れさせる。しかしその抵抗も虚しく彼はビクともしなかった。
嫌だ、私の知ってる施設長さんはこんな事しない。私はここを出て、やっと外に行けるはずだったのに。せっかく今後の予定も決まってたのに。
こんなところで死にたくないと、私の頬を一筋の涙が伝う。
「大人しく従っていればよかったものを……」
"哀れだ"と彼の口が動いた。
頭にも酸素が行き渡らなくなり、だんだんと意識が朦朧とする。目に見える全てのものがぼやけて見え、ユラユラと揺れていた。
もう、駄目……
そう私が目を瞑ろうとしたとき。
パシュッ
何かが弾けたような音がして、目の前の彼が肩を押さえて床に崩れ落ちる。
そして、私の首から手が離され解放された。
「ゴホッゴホッ!ケホッ……ハァ、ハァ……」
私は一気に空気を吸い込んで、大きく咳き込んだ。
肺が酸素を求めて激しく上下する。咳が次々に畳み掛けるように咽頭を襲い、私は必死に酸素を取り込んだ。
たす、かったぁ……
生まれて初めて死を覚悟した。
心臓も張り裂けんばかりに鳴っていて、酷く痛んでいる。
「この恩知らずがっ!!」
肝心の倒れた彼はというと、床に体を預けたまま誰かに叫んでいた。
彼が声を向ける方向──部屋の入口に立ちすくんだその人物を見て、私は声が出なかった。
ど、どうして…………ここに!?
──そこにいたのは、長身の黒ずくめの男。
髪の隙間から見え隠れするあの深碧の双眸。そして、背中ぐらいまで伸びる綺麗なシルバーブロンドは、やけに馴染みがあった。
それは私の友達であり、私が好きだった人。
そして会いたいと思い願っていた大切な人。
「陣…くん……!」
6年越しに会った彼は、黒がよく似合う青年になっていた。
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作者名:匿名希望 | 作成日時:2023年6月11日 11時