𝙵𝚒𝚕𝚎.𝟸𝟶 ページ21
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「おいおい……泣くんじゃねぇよ」
そう陣くんに言及されて初めて気づいた。
自分が今、涙を流してることに。
「あ、あれ…?私、泣いてなんか……」
私が頬に手を当てると、生温かい雫が指先に触れた。
泣いてることを自覚してしまえば、鼻の奥がツーンと痛み目の縁から次々と涙が零れ落ちてくる。そしてそのまま、ぽたぽたと床にいくつものシミを作った。私が涙を止めようとすればするほど、目頭が火傷をしたように熱くなる。
彼との別れを強く意識して、無性に悲しくなってしまったのだ。
見かねた彼からティッシュを1枚もらって鼻をかめば、ようやく気持ちが落ち着いた。
「しかし善人なやつだな、お前も。たかが1人のダチの為に涙を流すなんざ……」
何気なく彼が放ったその言葉は、私に深く突き刺さった。
私の頭に真っ先に浮かんだのは否定の文字。いや、彼はただの友だちじゃないんだ、と心の中の私が訴えていた。
「ち、違うよ……!」
心の声に身を任せて訂正すれば、"あ?違ったのか"と彼に見据えられる。いや、そういうことじゃないのに。
「あっ、ううん、友達だけど……」
なんて言えばいいかわからなくて、つい口ごもる。ドキドキと心臓が早鐘を打つのがうるさいくらいにわかった。
言わなきゃ……今、この場で!
私の言葉の続きを待つ彼の双眸は、真剣でじっとこちらを見つめていて。それもあって余計に意識してしまいそう。
「そ、そうじゃなくて、陣くんは私の……
私の──」
"好きな人、だから"
喉まで出かかったその言葉。
けれども私が抱いていた想いは、ついに口に出ることはなかった。
こんな時になんて、言えるわけないよ……
言葉では簡単に伝えられるけど、きっと私の心情は半分も伝わらない。やっとこの想いを自覚したのは、つい最近のこと。知らなければよかった、こんな感情なんてと何度思ったことか。好意を抱いた相手は、もうすぐ自分の目の前から去りゆくというのに。
少なくとも、4年前の夏祭りではこの感情があったと思う。
でも、実際には私も覚えてないくらい前から──
「…………ごめん。何でもないや」
苦い笑みを浮かべてそう言えば、目の前の彼はなんとも言えない表情をしていた。
きっと、いま伝えたら彼も困っちゃうだろう。別れ間近にこんなことを言われたら。
だから、私のこの想いは蓋をしておこう。私の想いは、ベルギアの花で伝われば充分だから。
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作者名:匿名希望 | 作成日時:2023年6月11日 11時