𝙵𝚒𝚕𝚎.𝟷𝟿 ページ20
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「……なんで、お前がここにいる」
目の前の扉がギィッと開いて、中から陣くんが顔を覗かせた。
今の時刻はちょうど就寝時間前くらい。午前中に彼のお別れ会があったけど、私はとある用があって彼の部屋に訪れていた。
「ごめん、ちょっと渡したいものがあるの……」
彼はやや尻込みする私を見て"まぁ入れ"と中に入れてくれた。
部屋の中は前に来た時と変わらず殺風景のまま。唯一変わったことといえば、扉の横に小さな鞄が1つ置いてあることぐらい。きっと、これは明日持っていく荷物だろう。
「……なんだ、渡したい物って」
早くしろと言わんばかりに彼は私に尋ねた。
そんな彼に、私は後ろ手で隠すように持っていた物を差し出した。
「花……?」
彼は、無表情のまま私とその花を交互に見る。
その花は先生と昼休憩にこっそり買ってきたもの。花なんて初めて買うけど、店員さんから花言葉を聞いてこれにした。
「うん、ハーデンベルギアっていう名前なの。花言葉はね、壮麗や広い心、思いやりとかいっぱいあるんだ。
私、陣くんに優しくして貰ったから……だから、あ、ありがとうって思って!」
面と向かって言うと小っ恥ずかしくてなって、つい早口になってしまった。紫の小さな花をいくつも付けているベルギアは、陣くんには少し可愛いすぎたかもしれない。
「いらなかったら、捨てちゃっていいから……!」
頬が紅に染まったのが自分でもわかった。こんなのいつもの私じゃない。ただ花を渡すだけなのに。
「……いや、貰っといてやる」
しばらくしてそう彼が言うと、続けて"ダチか"と花を見て呟いた。
「まぁ、いい退屈しのぎにはなったかもな」
その顔はやけに懐かしげで。
彼が友達になった理由は、暇だったからというものだったけど、本当に一緒に過ごせて良かったと思う。初めは、いつ友達を解消されるんじゃないかとヒヤヒヤしていたときもあった。今となっては、それも懐かしい思い出だけど。
「怖かったんだよ、最初は。退屈だったら解消するって言ってたから」
私がそう言えば"そんなこと言ってたかもなァ"と彼はゴロリと床に寝転がった。
その拍子に、彼の少し長い銀髪が床に弧を描いて散る。私はそんな姿を見て、この銀髪ともこれが最後なんだなと改めて思った。この深碧の瞳だって、ちょっと低いテノールの声だって、全部これが最後。
そう思うと、急に視界がぐにゃりと曲がった。
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作者名:匿名希望 | 作成日時:2023年6月11日 11時