𝙵𝚒𝚕𝚎.𝟷𝟺 ページ15
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「陣くんの髪もとっても綺麗だよ」
私がつい口を滑らせれば、彼は一瞬驚いたような顔をして"変なやつ……"と呟いた。
「お前、よく飽きずに言ってるよな。これが綺麗だって」
「え……そう?」
彼の髪については何十回、いや数え切れないくらい思ったことはある。でも、声に出して言ったことはないと思うんだけど。
「気づいてないんなら、そりゃお前の癖だな。思ったことを口走るってのは」
半ば呆れ気味に彼が言う。
「……珍しがられてたんだ。この髪、普通じゃねーから」
そう言う彼は遠くを見つめていた。それは私が初めて会った時とよく似ていて。まだ彼が一匹狼だった頃と同じ表情だ。彼に友達や知り合いがいなかったのは、このこともあったのかもしれない。
「みんなわかってないだけだよ!こんなキラキラしてる髪なんて綺麗に決まってるもの」
彼を放っておけなくてつい私は大きめな声を出してしまった。そんな私を見て、"やっぱり変なやつだ、Aは"と珍しく彼が口角を上げた。
「伸ばしてほしいな、髪の毛」
彼の肩ぐらいまでの髪の束をひと房手にとる。きっと長くなったらサラサラになるんだろう。
その私の言葉に彼は何も言わなかったけれど、その代わりにすくっとその場に立ち上がった。
どこに行くのかと私が尋ねると、すぐ戻ると彼は人混みにもまれていった。
❉
それから10分くらいが経った頃……
陣くんは息を切らして戻ってきた。そんな彼の左手は何かが握られているように膨らんでいて。
「おい、手ぇ出せ」
「手……?」
そう言われて私は片手を出す。彼の手が蓋をするように重なると、何か小さい物が乗せられた気がした。
何だろう……小さいぬいぐるみ?
そして彼の手が離れると、そこにはちょこんと見覚えのある物が。
「あ、クマの……」
それは、私が輪投げで欲しがっていたあの景品。黒いクマのストラップだった。
「……あんな顔で見てたら逆に気になるだろ」
「え!すっごく嬉しい……ありがとう、陣くん!一生の宝物だよ」
上手く表現できないくらいに嬉しくて。"一生をここで使うな"と呆れる彼の表情は珍しく柔らかなものだった。
わざわざ私のためにと思うと、胸がトクンと高鳴るような感じがした。
何だろう、この気持ち……
怖いとか驚いた時とは違う心臓の高鳴り。どこか温かいような不思議な気持ち。
私が抱いていたこの感情の正体は、私にはまだわからなかった。
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作者名:匿名希望 | 作成日時:2023年6月11日 11時