陸拾 ページ20
｢鬼なんか知らないっ！いるわけないでしょ、そんなの！｣
猫のように威嚇してくる少女を、老婆がきっと悪い人たちではないよ、と言って諌めた。
｢ごめんなさい……この所、切り裂き魔事件のせいで神経が張り詰めちゃって。｣
｢今しがた聞いたところによると、あなた方は暗いうちから準備して我々の為に弁当を売りに来てくれるのだな。実に有難い。｣
｢そんな人たちが傷つけられるよーなことは、決してあっちゃならねー。安心してくだせー、切り裂き魔は俺たちが片付けます。｣
｢あなた達は、いったい……｣
では、と踵を返して立ち去ろうとする俺たちの背中を、少女は呼び止めた。
｢ん？｣
｢その……もし、良ければお弁当…買って貰えませんか？｣
｢どーします？兄貴。｣
｢そうだな。では、全部いただこう！｣
｢だと、思ったっす。｣
俺が呆れているうちに、全ての弁当が風呂敷に包まれそれを江頭が持つことになった。
｢江頭さん、さーせん。俺も持ちましょーか？｣
｢大丈夫ですよ、慣れてますから。あの…炎柱…｣
｢隊の皆に、いい土産が出来たな！ここからは俺、一人で行く。ご苦労だったな。翔閃、ご婦人と少女を家まで送り届けて差し上げなさい。｣
｢へぇへぇ。｣
困った様に笑う江頭に、俺はさーせん、と再度謝った。
では、と炎柱は背を向け歩き出す。
俺は見送るその背中に、何だか胸騒ぎがしてならなかった。
───
｢ご婦人、嬢ちゃん。｣
俺一人、先程の老婆と少女の下へ戻ってきた。
｢あ、さっきの…えっと……｣
｢あー、名乗ってなかったっすね。俺は、氷月翔閃です。家まで同行しますよ。｣
腰に差した日輪刀の柄に、俺は左腕を乗せて外向けの笑みを貼り付ける。
｢でも、氷月さんも用がおありなのではないですか？｣
｢ご心配には及びませんよ。それよりも、あなた方をご自宅まで送り届ける方が先決です。｣
何だか嫌な予感がする、と外へ視線を向けて呟けば、老婆があなたもですか、と言ってきた。
｢あなたも、とは？｣
｢おばあちゃん、なんか嫌な予感がするって……背筋がゾクゾクする感じの…｣
｢そー、ですか。万が一があったとしても、お二人は俺が守りますので安心してくだせー。｣
背中の"殺"の字に誓って、と心の中でそう付け足した。
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作者名：春月是駒 | 作成日時：2023年5月4日 21時
