伍拾捌 ページ18
話をしている間に、丼が三つ目の前に置かれる。
琥珀色の汁の中に、灰色の均等に切られた麺。おそらく、十割蕎麦だろう。その上にちょこんと座った大根おろしと、端役の葱。
視覚からでも十分に美味そうだと分かるのに、これでもかと嗅覚をも刺激される。
俺の欲が負けたのか、腹の虫が静かな店内に響かんばかりに鳴いた。
「いただきます。」
俺と江頭の声が重なった。
いざ実食、と麺を箸で掴んで口へ運ぼうとしてると親父が頼んでもいないのにかき揚げを三つ持ってきた。
口を開けて蕎麦の受け入れ体制状態で、俺は固まった。
視線の先には炎柱と親父とかき揚げ。
「これは?」
「俺の奢りだよ。」
「有難い。」
一足先に蕎麦を啜った江頭が、炎柱程ではないが美味い、と感想を零した。
俺も遅れて蕎麦を啜った。
「うまぁ!おやっさん、上野に店出したってやってけるっすよ!」
ねー!、と興奮気味に江頭へ共感を得ようと話を振ると、そうですよ!、と俺同様に興奮した様子だった。
「大きなお世話だよ。」
「親父さん、景気はどうかな?」
「どう見えるんだい。」
蕎麦をちゅるちゅる、と吸いながら店内を見渡せば景気なんてものは言わずもがなだった。
「悪いっすね。」
「この沿線で、切り裂き魔ってのが出てるせいでめっきり人手が減っちまったよ。雇い人にも暇を出す始末さ。こないだは、車掌がやられたってよ。それに、無限列車ってのが運行中止になっちまっただろ。噂じゃあな、四十人ばかり乗客が神隠しにあっちまったって言うぜ。」
「
「翔閃、行儀が悪いぞ。喋るか食べるかどちらかにしなさい。」
お小言一つもらい、俺は、
「炎柱、本題ですが。その無限列車、所在が分かりました。さる機関庫に人目につかぬよう搬入された、との情報が。」
「そうか。」
炎柱は一言そう言って、かき揚げを一つ箸で掴んだ。
蕎麦へ乗せるのかと思ったが、そのまま口へと運んだ。
「うん、美味いっ!」
「
「氷月さん、飲み込んでから喋られた方が……」
「っ……さーせん。」
それから俺たち三人は、任務の話は一旦やめ腹を満たすことに集中した。
親父の奢りであるかき揚げも、カリッと揚がっていて炎柱じゃないが確かに美味かった。
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作者名:春月是駒 | 作成日時:2023年5月4日 21時