雲 ページ9
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今まで口を開けずにいた青木さんが、小さな声で呟いた。
｢…もう、走れんの｣
走れ、ない。そのままの意味なんだろう。
｢なにが、あったんか聞いても…？｣
本当は聞かない方が彼女のためにもなっただろう。だけど、聞かないままでは彼女にどう言葉をかけていいのかも分からなかった。
ぽつりぽつり。あったことを話していく。
大会前で、部員や先生からのプレッシャーを感じていた事により、毎日集合より早く来ては走っていたこと。そして先日、いつものようにタイム計測をしている時に足関節捻挫。大会で結果が出せなければ、部活を辞めさせるとご両親に言われていたらしい。
｢そう、やったんや｣
｢これに関しては、誰のせいでもない私の不注意やし。何より、それで同情とか慰めの言葉をかけられたくなかった。｣
きっと、そんな事されてしまえば悔しくて泣いてしまうから。
無理に笑う青木さんは、正直見たくなかった。
まだまだ彼女のことを知らない俺は、泣き顔どころか悔しそうな顔でさえも初めて見た。
未だに空を、自分を見る青木さんがまた口を開く。
｢それだけじゃないんやけど、理由はね？でも、私もう陸上やめようと思ってて。｣
｢え、なんで…。｣
｢誰にも、言うつもりなかってんけど。鳥井くんやったら、いいかなって思ったから。｣
ただ、何も言うことなく彼女の言葉を待つ。
それを承諾ととったのか随分と軽そうな雰囲気で言葉を放った。
｢私な、嫌がらせ受けててん。｣
｢嫌、がらせ。｣
｢うん。…何やろうなぁ。同期たちからちょっとね。ああ、でも！暴力とかそんなんはなかったから無視してたんよ。｣
それでも日に日にエスカレートしていく嫌がらせにストレスを感じていた時に、たまたま教室で補講を受けていた俺に話しかけたんだとか。
｢あの時、ほんまに誰にも言えん状態で…。あ、でも鳥井くんと話したかったんは事実やで！｣
｢あぁ、うん…｣
｢両親からは、成績とかの面についてすごい圧かけられてるし。部活では記録とかでプレッシャー感じるし。毎日、しんどかった。周りの友達にはそんなところ見せられへんし、元気で笑顔の私が好きやと、思う、から。｣
青木さんの言葉は、どんどんと詰まっていく。
｢ただ、走るのが楽しくて好きやったのに、どんどん重荷に、なってきて。走りたい、じゃなくて。走らなきゃってなった。私がやりたかったのは、こんなことじゃない。ちがう…｣
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