#54 ページ5
♢
とにかく心苦しかった。
Aの悲痛な表情が、訴えが。
好きな人が傷ついている姿を見たくない、それは俺も同じだから。
そらを想う過程で良いことがあると、Aはいつも溌剌としていて幸せそうで。
彼女に笑顔でいて欲しいから、これからもそらを好きでい続ければ良いのではないかと思った。
だからたぶん俺は彼女に、想い続ける方の道を勧めたんだ。
その方が彼女の幸せに近道な気がして。
でも。
もう、きっとそんな“良いこと”なんて起こらない。
そらがAを見ていないから。
どれだけ想っても届かない辛さは、彼女から笑顔を奪う。
それならやっぱり────そんな想い、捨てた方が良い。
*
午前の講義を終えた昼頃、昼食のために食堂へ向かった。
いつか、エイジと学食のラーメンの話をしていたことを思い出して、良い機会なので食べてみることにした。
ラーメンの載ったお盆を持って適当な席につくと、テーブルにお盆が置かれ、向かい側に誰かが座った。
「あ」と思わず呟く。
顔を上げて見るとエイジだった。
「……朝、」
ぶっきらぼうに口を開く彼。
何だか言いづらそうに視線を泳がせ、項を搔いている。
「ごめん。 何か、きついこと言って」
まさか謝られるなんて思わなかったから、驚いてしまう。
確かにあの場の空気は尖っていたものの、彼の言い分も一理あったし、エイジが悪いわけではないのに。
でも、もしかして、私を気遣って謝ってくれたの？
てっきり見放されたと思っていたのに。
「……何笑ってんの」
エイジが訝しむように言った。
そう言われても、安心したのと嬉しいのとで、頬が緩むのを抑えられなかった。
「良かったー……。 嫌われたかと思った」
今度は彼が驚いたような顔をした。
わずかに目を見張って黙ってから「早く食べよ」と箸を持っている。
「うん。 いただきます」
私もそれに倣ってラーメンを食べ始めた。
「ねぇ。帰りさ、一緒に帰ろ」
「何で？」
改めてそんなふうに誘ってくるなんて珍しくて、ほぼ反射的に聞き返す。
「別に、何となく」
何となく、私と帰りたいって思ってくれたってこと？
その考えが飛躍し過ぎだとも自惚れとも思いつかなかった。
ただ、もしそうだったら嬉しいな、ってまた顔が綻んで、私の中でどんどんエイジの存在感が増してきていることを自覚した。
「しょうがないなぁー」
なんて答えても、本当は満更でもないこと、彼には見透かされてる気がする。
.
この小説をお気に入り追加 (しおり)
登録すれば後で更新された順に見れます 174人がお気に入り
お気に入り作者に追加
違反報告 - ルール違反の作品はココから報告
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
作者名：小桜ふわ
| 作成日時：2020年2月15日 8時
