#81 ページ32
.
「……！」
と、額に彼の手の温もりを感じた。
男らしい言葉遣いや声の調子とは打って変わって、その手はとても優しかった。
いつもより低い彼の声が心地よくて、戸惑いも何もかも忘れそうになる。
このまま再び眠ってしまいそうで、意識が宙に浮かび、まどろんでいると───
「！」
また、唇を塞がれた。
先ほどのように優しくはなく、力強くて強引だ。
一向に離れる気配がなくて、だんだん苦しくなってきた。
「……んっ」
身をよじって彼の下から抜け出すと、酸素を吸い込む。
堪らず目を開け呼吸を整えながら顔を上げると、髪を耳にかけた満足そうな彼と目が合う。
「……なんだ、やっぱ起きてんじゃん」
にやりと笑ったエイジに、頬が一気に熱くなる。
♢
Aが勢いよく起き上がる。
涙で光る彼女の目には、今は俺しか映っていない。
ずっとこのまま俺だけを見てれば良いのに。
「ひどい！」
なんて恥ずかしそうに頬を赤く染めて、潤んだ瞳で見られたって、睨んでるつもりなんだろうけど全然怖くない。
「ねぇ、それで……どしたの」
彼女の頬に触れて指先で涙を拭う。
彼女が涙を流した理由は俺ではないと思う。
「ほっとい────」
「ほっとけとか言うなら、マジでほっとくぞ」
「やだ！」
間髪入れずにAが返してくる。
だったら、強がって格好つけんな。
しばらく視線が交わっていたが、やがて俺を見つめる彼女の瞳が揺れた。
「……っ」
「……」
不意に、Aの唇がわずかに震える。
何も言わずに彼女の髪を梳くように撫でると、彼女は堰を切ったように泣き出した。
その背中にそっと腕を回す。
するとAは躊躇うことなく正面から寄りかかってきた。
腕の中に収まった彼女はいつもより小さくて、温もりも息遣いもいつもより近くにあった。
言葉を発しない代わりに少しだけ腕に力を込める。
彼女の存在を、温もりを、噛み締めた。
────俺は、Aが好きだ。
彼女が他の奴を好いてることは知っていたし、彼女にとって俺がそういう相手じゃないってことも分かっていた。
でも。
それでも、君が好きだから。
これからは俺が守るよ。
こんなふうに、泣かせたりしない。
もう、何の障害もない。
自分の気持ちを誤魔化す必要もないし、身を引く必要もない。
だから……そろそろ、こっち向いたら？
.
この小説をお気に入り追加 (しおり)
登録すれば後で更新された順に見れます 174人がお気に入り
お気に入り作者に追加
違反報告 - ルール違反の作品はココから報告
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
作者名：小桜ふわ
| 作成日時：2020年2月15日 8時
