【そらちぃ】恋降る雨の日の話。 (ページ8)

今日:5 hit、昨日:0 hit、合計:82,105 hit

#08 ページ8

.

「……あ、その、ごめん」

「あーううん！
エイちゃんが勝手に言ってるだけですから！
全然そんなこと思ってないし！」

スマートフォンを受け取りながら

思わず咄嗟に否定してしまったけれど

あからさま過ぎただろうか。

窺うように彼を見やると

彼は眉を八の字に下げて小さく笑う。

暫しの沈黙が落ちた後

そらちぃは首を傾げて問うてきた。

「エイちゃんって……
あのエイちゃんだよね？」

彼の言う『あの』は恐らく

アバンティーズの、という意味だろうと

勝手に解釈して肯定すると

「いいな、俺ともLINE交換しよ」

そう言ってスマートフォンを取り出す。

「あ、その前に」

そらちぃはスマートフォンを引っ込めると

人懐こい笑みを浮かべて言った。

「名前聞いてなかったよね」

動画とは違う、私だけに向けられた笑顔。

今だけ、それを独り占めしたって

(バチは当たらない……？)

私は笑顔に見入ってしまっていたが、

ハッと我に返ると答える。

「A……AAです！」

その瞬間、

これまでとはまた違う、花が咲いたような

明るい笑顔になったそらちぃは

私の名前を繰り返した。

「Aちゃん……、Aちゃん。
何か沢山呼びたくなっちゃう」

何度も反芻される名前を耳に

私の鼓動は痛いくらいに鳴っていた。

向けられる無邪気な笑顔が眩しくて。

どれも彼も独り占めしたいだなんて

分不相応な気持ちばかり大きくなっていく。

「俺のことはこれからそらって呼んで」

“そらちぃ”は禁止だと、彼は釘を刺す。

「そら君？」

必然的に紗奈と同じ呼び方になる。

これで彼女に少しは追いついたかな。なんて。

「んー、何か距離感」

私としてはかなり縮まったと思ってたけど

彼はそうでもないみたいで。

どうやら呼び捨てで呼んで欲しいらしいが

いきなりそれは、何だかハードルが高い。

今の私には『そら君』で限界だ。

これ以上距離が縮まれば、

それこそ歯止めが効かなくなる。

認めたくない気持ちや想いを

全部全部肯定したくない。

「わかった、暫くはこれで我慢する。
……でもいつか呼んでね、呼び捨てで」

自分に一番好きな人がいる筈なのに

そんなふうに照れ笑いするそら君の意図は

私には測りかねた。

「……はい、いつか」

いつか。

その明確な時間の長さは

人それぞれで、曖昧な表現。

私が彼を『そら』と呼ぶ日は

いつか来るのかもしれない。

それはきっと、

芽生えた感情を受け止められるくらい

“好き”をちゃんと認められるくらい

先のことになるんだろうな。

.