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頭の中が混乱する。
目の前に広がる背中と、
右手首から伝わる温もりと。
それから─────
さっきの、光景と。
今目に見えているのはエイジの背中。
でも、それさえも曖昧になるほど
あの光景が蘇って頭から離れない。
(横から見えちゃったんだもん……)
二人の唇は、間違いなく、
触れていた─────。
「エイちゃん、どこ行くの!?」
振り切るように尋ねるけれど
エイジは濡れることもお構い無しに
雨の中に飛び出した。
「ねぇ、待ってよ！」
雫が降り注ぐ。
降り始めたときよりも幾分、
雨粒は優しくなっているけれど
雨量は変わらない。
「エイちゃん」
雨の中、
沈んだ私を引き上げてくれるのは
いつだってエイジだった。
あの時も。今だって。
いつもムカつくことばっか言うし
ぶっきらぼうで冷たいのかなって
思われがちだけど
やっぱり途轍もなく優しいって、
出逢ったときから知ってた。
涙が出るほどに、あたたかい人。
「……Aの、嫌いなとこ連れてくけど」
(嫌いなとこ？)
ピンと来ないけれど
何処のことを言っているんだろう。
「……うん」
いいや。
彼に任せれば。
「今は文句言うな」
背中越しに聞こえる声は
やっぱり、優しい。
「わかった」
*
「ここ、は……」
歩くこと─────何分経ったかな。
見覚えのない建物に到着した。
(ここが、私の“嫌いなとこ”？)
心の中で首を傾げていると。
「俺らの家」
エイジが言った。
あぁ、と思う。
アバンティーズの新居。
(そういえば動画で……)
でも、そうか。
“嫌いなとこ”って言うのはつまり、
「前……。前の家に来たときにさ
嫌な思いさせたでしょ？ だから」
そういうことだ。
「そんなことないよ」
別に嫌いだなんて思ってなかった。
それを、告げる。
エイジは少しだけ目を見張って、
それから安堵したように小さく笑んだ。
*
また、あの日のようにお風呂を借りて
服を乾かして貰う。
今回はそら君の服は借りずに
以前置いたままになっていた、
自分の服に着替えた。
「あ…」
そこで、はたと思い出す。
そら君の服、まだ返してなかった。
何度も畳み直して
凄く丁寧に畳んで
家にあった中で一番お洒落な、
紙袋に入れたはいいけど
返すタイミングが中々なくて。
「そら君」
その名を呟いたとき、
─ヴー、ヴー。
「わっ、びっくりした」
洗面台に置いてあった、
私のスマートフォンが
着信を告げた。
.
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作者名：小桜ふわ
| 作成日時：2017年3月26日 7時
