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雫を飛び散らせながら舞う傘が
まるでスローモーションのようだった。
背後に落ちたそれは、
ひっくり返って雨を受け止めている。
「A、ちゃん……？」
そら君の声は掠れていた。
私は腕に力を込めてその背中に頬を埋めた。
雨に濡れているけど、あたたかい。
あたたかくて、寂しげ。
そら君は私が回した腕を
振りほどくことはしなかった。
「どう、したの？」
戸惑うそら君の声。
突然抱き締めたのだから
混乱するのも当然だろう。
だけどそれ以上に、
私自身が一番戸惑っていた。
理性を無視して
衝動的に追いかけてしまったけれど
後悔の波が押し寄せる。
離れなきゃ、そう思うのに
まだ、もう少しだけ、
このままでいたいって
邪な気持ちが立ちはだかる。
好き。
言いたい。
言えない。
心が震える。
たった二文字のその言葉は
今は、彼を困らせるだけ。
「ごめん、こんなことして……！」
閉じ込めた想いがあふれてくる前に
私は慌てて腕をほどく。
「……ううん、
びっくりしたけど俺は全然平気だよ」
そう言うそら君の笑顔は
やっぱり優しかった。
(何やってるの、私)
自分の感情だけで動いて
そら君を困らせて。
紗奈にも勝手なことをしてしまった。
『ごめん』でぜんぶ、
なかったことには出来ないのに。
落ちた傘を拾い上げて、そら君に差し出す。
「やっぱり傘は、そら君が使って！」
「え？ いや、でも……」
「私なら大丈夫だから。また明日ね！」
有無を言わせないよう捲し立てると
無理矢理その手に傘を預けて走り出す。
呼び止める声には、聞こえない振りをして。
*
雨は容赦なく降り注ぐ。
そら君の見えない所まで来ると、
私は走るのをやめて歩き出す。
その歩調は普段より随分と遅い。
気持ちとリンクした空模様が
きっとそうさせているんだ。
頬を伝い落ちた涙が雨に溶ける。
泣く資格なんてないのに、
それは止めることが出来なかった。
「……っ」
時折、嗚咽を漏らしながら
視線を地面に落として歩いていく。
このまま雨が、
なくならない想いや気持ちを
すべて洗い流してくれたらいいのに。
あの日、雨宿りなんてしなければ。
あの日、雨なんて降らなければ。
こんな辛く苦しい思い、
抱くことはなかったのにな。
「！」
ぱしゃ、と水溜りの跳ねる音がして
反射的に顔を上げる。
その瞬間、雨が遮断された。
目の前に立つ彼が、
差し出してくれる傘によって。
彼の赤い髪から、
透明な雫が滴り落ちていた。
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作者名：小桜ふわ
| 作成日時：2017年3月26日 7時
