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「ポキくん」
その名を口にすると、声が震えた。
なぜだか私が泣きそうになってしまう。
「ずっと言えなかったことがある」
彼との記憶が次から次へ、頭の中で鮮烈に流れ出す。
私は身体を彼の方に向けた。
彼の目を真っ直ぐに見つめた。
「ごめん」
ずっとずっと喉の奥で引っかかっていた言葉。
彼がびしょ濡れにされたあの日、私も少しだけ、彼に水をかけた。
幼い悪意に加担した。
「止められなかったし、断れなかった。 皆が、怖くて……」
断ったら、今度は私が標的にされるのではないかと、考えてしまった。
そうやって本能が警告していた。
それで、そのせいで、私は彼を傷つけた。
「謝りたかった。話したかった。……ずっと、会いたかった」
鼻の奥が痛くて、喉も締め付けられるみたいに痛くて、それでも涙はギリギリのところで止まっていた。
私が泣くことじゃない。そんな資格はない。
そうやって必死に堪えていた。
視線を上げて、彼を見る。
彼は床に目を落としたまま。
「あれからずっと、気になってた……」
私が言うと、ポキくんがゆったりとした動作でマスクを顎まで下げた。
その唇が小さく動く。
「知ってた」
彼の声は弱々しく掠れていた。
「あのときはいつも死にたいって思ってた」
心臓が重たい音を立てる。
そこまで追い詰めた原因の中に、私も含まれている。
私も確かに、彼を追い詰めた……。
「でも、今は────」
不意にポキくんの横顔から弱さが抜けた。
「死にたくない」
その声ははっきり響いた。
この空間にも、私の頭の中にも。
「明日も生きていたい。 ……2人で」
2人で。
その言葉は、後悔に満ちていた心を掬いあげてくれた。
私の「謝りたい」という気持ちを、自己満足に留めさせることなく受け入れてくれた。
ふと、強ばっていた頬から力が抜ける。
全身の、緊張から来ていた硬直が解ける。
「誰が悪いのか分かんないけど」
ポキくんが顔を上げる。
それから、真っ直ぐに私を見た。
「Aは悪くない」
その表情は穏やかで、あたたかくて。
我慢していた糸が切れた。
肩を震わせて、私は泣いた。
歩き去っていく彼の背を見つめながら、1人、ひっそりと泣いた────。
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作者名：小桜ふわ
| 作成日時：2019年8月15日 23時
