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頭の奥で、痛みが響く。
記憶はわずかに色褪せているのに鮮烈に私を貫く。
小学3年生の時の後悔を、忘れたことはない。
────寂しげな虫の鳴き声と、水の滴る音。
傾いた太陽はまだ暑く、吹いてくる風はぬるい。
帰り道を1人とぼとぼ歩く男の子を、陰に隠れてこっそり見つめることしか出来ない私。
彼の背負った黒いランドセルから滴った雫が乾いたアスファルトに染みを作っていく。
ランドセルだけじゃない。彼は全身びしょ濡れだった。
雨が降ったわけでも、プールの授業があったわけでもない。
彼が、幼い無邪気な悪意の標的になっているからだ。
自分の非力さが情けなく唇を噛み締め、黙って彼の背中を見つめる。
と、不意に彼が立ち止まった。ゆっくりと振り向く。
私は慌てて近くの物陰に隠れる。
気づかれたかな……。
心臓がドキドキする。罪悪感が心を締め付ける。
もう一度覗くと、彼は顎にかけていたマスクを鼻を覆うまで上げたところだった。
「……!」
目が、合ったかもしれない。
彼の、光の差さない目に私が映ったかもしれない。
得体の知れない何かが私を襲ってきそうな気がして、怖くて、俯く。
頬を撫でた風はやはりぬるくて、私を嘲笑っているように思えた────。
*
「……だ!やだ! やりたくない! 嫌だ!」
誰かの悲鳴にも似た甲高い声が聞こえる。
泣き叫ぶような声だ。
……頭が痛い。うっすら目を開けると視界が霞んだ。
「……?」
事態が飲み込めない。私、何してるんだっけ?
ぼんやりとしながら瞬きを繰り返していると、突如、何かがぶつかってきたような衝撃が訪れた。
そのおかげで意識がはっきりした。
どうやら私は、椅子に伏せるようにして意識を失っていたらしい。
今の衝撃は、誰かがその椅子にぶつかったものだ。
その“誰か”を目で追うと、最初に叫んでいた長身の男子だということが分かった。
……だけど、誰だろう。私はこの人を知らない。
それに、他校の制服だ。
うっかり放課後に教室で眠ってしまったのかと思っていたけれど違うらしい。
辺りを見回しながら身体を起こす。
部屋の中央には椅子が12脚内側を向いて円形に並べられている。
床には私や彼の他にも数人の高校生たちが倒れていた。
そのどれもが他校の制服。
室内を見ても、ここがどこなのか見当もつかない。
周りの高校生たちも、彼の声で目が覚めたらしく徐々に起き上がって混乱を顕にしていた。
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作者名:小桜ふわ | 作成日時:2019年8月15日 23時