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「私は…」
「Aちゃん！」
聞きなれた声の方に、反射的に顔を向ける。
何かを必死にこらえたような表情で、蠟燭の炎のような瞳を悲しげに揺らす燭台切の姿が目に映った。
◆
「はぁ…」
蛇口から流れる水の音が、彼の溜息と混ざる。
吐き気にも似た感覚が胸のあたりを回って、その不快感に思わず眉間に皺を寄せた。
「…ああ、鶴丸さんか。良かった。こんな姿、今誰にも見せられないから」
わずかに床の軋む音が聞こえて、燭台切が振り返って見ると、無表情にこちらをじっと見つめている鶴丸が立っていた。
鶴丸はただ無言で燭台切の隣に歩みを進めて立ち止まると、自身の食器を流し台へ置いてから、呟くように口を開いた。
「光坊は、あの娘の事が好きなんだな」
燭台切は大きく目を見開くと、困ったように眉を下げて笑う。
「そうだね。嫌いか好きかって聞かれたら、好きなんだと思う。人でいう”恋愛”感情っていうのとは違うかもしれないけど。Aちゃんが笑ってくれると、優しい気持ちになれるんだ。不思議だよね。まだ会ってそれほど経ってないのに、大切にしたいって思うなんて…」
燭台切は瞳を悲しげに揺らし、肩を落として息を吐いた。
「きっと、Aちゃんはそういう気持ちにさせる子なんだと思う。でも、きっと嫌われちゃったかな。大切にしたいって思っていたのに、酷いこと言って傷つけちゃうなんて、格好悪いし最低だなって…」
「…俺は、羨ましいと思った」
鶴丸からの意外な言葉に、燭台切は思わず目を丸くさせた。
「そこまで想える”主”がいるっていうのがどんな事なのか、俺にはわからない。人の身を得て、それは一層分からなくなった。だから、刀だろうが人だろうが、あの娘の事をそこまで好きだと言える光坊がとても羨ましく思う。」
柔らかな金色の瞳はどこまでも遠くを見つめているようだった。
寂し気にも見えるその瞳に、燭台切は悲しそうに目を伏せる。
「鶴丸さんは、Aちゃんの事、好きじゃないの？」
「さあな」
「僕は、”鶴さん”の事、好きだよ」
「は…？」
「Aちゃんも鶴さんの事は好きだと思う。なんでって聞かれると、根拠とかはないんだけど。」
あっけにとられて思わず目を見張っている鶴丸に、燭台切は眉を下げて困ったように笑ってみせる。
「…そうか」
鶴丸なりの照れ隠しなのか、素っ気ない返事をすると、彼は踵を返した。
「鶴さん、ありがとう」
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作者名：マナ | 作成日時：2021年8月2日 16時
