004 ページ35
「お主からはそういった類の力が感じられない。全くないといってもいい。そこが不思議なのだ。ごく普通の娘にしか見えないお主からは、良いものも悪いものも、残り香が濃く漂っている」
Aは顔を伏せて沈黙したまま、両手をぎゅっと握りしめた。
「まあ、言いたくないのであれば強制はしないさ。それよりも、今日はそこのきつねを届けに来たついでに、お主に話しておかなければいけない事があったのでな。お主が居た場所へ戻す手続きが思ったより早く済みそうでな。一週間後には元居た場所へ送る事ができそうだ。」
「…え」
Aは伏せていた顔を上げ、青みがかった瞳を大きく揺らした。
「どうした？あまり嬉しそうには見えないが？」
「えっ、そ、そんな事はないですよ！」
そうか、と長い睫毛を伏せて、少し冷めた味噌汁を審神者は啜る。
「それと、お主を送る前になんだが。ここでの記憶は、全て消させてもらうことになるだろう」
「…え、え？」
漠然とした内容に、驚いているのかショックを受けているのか、Aは凍り付いたように動かない。魂が抜けたみたいにぼんやりとした瞳で虚空を見つめていた。
「ここは本来はお主が住む場所とは隔絶されているのだ。お主を信用していないわけではないが、こればかりはどうしてやる事もできない。すまないな。」
いつものふてぶてしい態度とは違い、審神者は申し訳なさそうに目を伏せてた。
「…私、大丈夫です。皆さんの事を忘れてしまうのは、やっぱり悲しいけれど、それで皆さんが安心できるのなら、我慢しなくてはです。それに、ほんの少しでも皆さんと過ごせた事、私は嬉しかったのです。たとえ記憶から消えてしまう事でも、この先思い出す事ができなくても、今こうして皆さんと過ごす時間を大切にしたいって思うのです。」
愛おしそうに、形のない存在を両手で包み、確かめるようにAはそっと目を閉じる。
ほんのりと胸の奥で暖かく灯った感情を確かに感じ、彼女は頬を綻ばせた。
――ガシャン
突然、広間に耳障りな音が響く。
陶器が割れるような音の鳴る方を見れば、テーブルに手を付いて、身を乗り出している燭台切の姿があった。
「燭、台切さん…？」
Aの呼ぶ声にも反応がない燭台切に、彼女は心配そうな表情で立ち上がる。
「あの、しょく…」
「…どうして」
絞りだしたような声で燭台切が呟く。
「どうして、そんなに平気そうなの？」
「…え？」
◆
005→←ありがとうの気持ちのご案内(スルーして頂いても大丈夫です)
この小説をお気に入り追加 (しおり)
登録すれば後で更新された順に見れます 97人がお気に入り
お気に入り作者に追加
違反報告 - ルール違反の作品はココから報告
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
作者名：マナ | 作成日時：2021年8月2日 16時
