教えてくれたんだ ページ31
自分の知る彼は、少なくとも個人に執着するような性格ではない。
それは彼が刀として、様々な出来事を通してきたことによるものだろうが、今の鶴丸は全く真逆だと燭台切は感じていた。
(まあでも、僕が聞いたところで教えてはくれないだろうけど。Aちゃんとは問題なく仲良くやれてるようだし、心配する必要もないかな…)
「あぁ…失敗、してしまいました。やはり、燭台切さんのように綺麗には結べませんね。何故でしょう。」
Aの手には、所々でっぱたり、引っ込んだりしている山型の白い米が握られている。
燭台切の握ったおにぎりと自身のおにぎりを見比べて、お世辞にも綺麗とは言えないできの形にがっかりと肩を落とした。
よく見れば、既に何度も挑戦してみたのであろうおにぎりが、テーブルの皿の上にある。
山の先が力を込めすぎて尖っていたり、側面の部分が丸く出ていたりと、どれも三角形ではあるものの形は歪だ。
鶴丸はAの作ったおにぎりに、目を見開いてぼんやりと凝視している。
「や、やはり、これでは美味しくなさそうですよね」
Aは気恥ずかしさを誤魔化すように、力ない笑みを浮かべた。
「仮初にも人に振舞候は、料理第一の事なり。誰かをもてなすときに一番大事なこと、それは心のこもった料理を出すことである。」
燭台切が溢すように呟く。
「僕がまだ刀の姿だった頃、主が言っていた言葉だよ。Aちゃんが皆のことを想いながら作ってくれていることを僕は知ってるよ。見た目も確かに大事だけど、誰かを想いながら作った料理をふるまう事が、何よりも大事だと僕は思う。だからそんなに落ち込まないで。」
ほんのり火が灯ったような瞳が、懐かしさを帯びて伏せられる。
燭台切の綻んだ頬につられて、Aも笑顔を咲かす。
「はいっ！私、頑張ります！」
「うん。やっぱり、Aちゃんは笑顔が一番だよね」
「燭台切さん、ありがとうございます！」
満足そうに喜色を湛えている燭台切に、Aはニッコリと微笑んだ。
「…お礼を言うのは僕の方だよ」
鼻歌まじりに、一生懸命おにぎりを握っているAに、燭台切は小さな声で呟いた。
(最初に君に出会った時の僕は、あんなにも警戒していたはずなのに。不思議だね。まだ会って1日しか経っていないけれど、君といると不安や醜い感情が少しずつ和らいでいく。全てなかった事になるなんて都合のいい事、思ってはいないけど、それでも君の優しさが教えてくれたんだ。)
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作者名：マナ | 作成日時：2021年8月2日 16時
