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タオルが掛かった桶を片手に、鶴丸がこちらを見下ろしてくる。
「早かったね。ありがとう。」
鶴丸から桶を受け取ると、燭台切はタオルを手に取って、氷水に浸した。
鶴丸は燭台切に桶を渡すと、Aの足元へと歩いて行き、月明かりが差し込む縁側へと腰を下ろした。
「僕が行こうとしたら、鶴丸さんが自分から取りに行ってくれたんだ」
Aの額にタオルを乗せて、燭台切は微笑んだ。
ひんやりとした感触が心地よくて、Aは目を閉じる。
「私、情けないです。もっとしっかりしなくてはいけないのに、心配ばかりかけてしまって。困らせてばかりで。こんなことでは、お母さんも、お父さんも、安心させてあげられないです…」
「どうして、そう思うの？」
「私、高校に入ったら、一人暮らしをしようって思ってて。少しでも自立して、お母さんとお父さんに、お空の上から安心してほしくて。私を大切にしてくれる叔父さん達にも、大丈夫だよって安心してほしくて。でも、それが逆にたくさん心配をさせてしまう事に、私は分かってなかったんです。」
薄っすらと開いた瞼の奥が微かに揺れる。
「結局、朱里ちゃんにも迷惑をかけてしまって、こんな自分では、安心させてあげられないです。もっと、がんばらなくて、は…」
眠気を帯びて、重くなる瞼が閉じていく。小さくなっていく声が途切れた後、静かな寝息が聞こえてくる。
穏やかな表情で眠る彼女の前髪に、燭台切は手を伸ばして優しく解かす。
「Aちゃんて、たくさん苦労してきたんだね。全然、そんな風に見えないのに、意外だった。だって、彼女が両親の話をするとき、とても嬉しそうだったから。幸せそうに、心の底から楽しい思い出を話してくれる彼女は多分、不幸とか、苦労だとか、可哀想なんて思ってすらない。」
鶴丸は障子の角に背を預けたまま、部屋を照らす月夜を眺めている。
「でも、そんな風に想ってくれる人がいて、想える人がいるのって、羨ましい、なんて。」
昔の自分にもいた。人の感情が芽生える前、遠い遠い記憶の底にある人を思い出しながら、燭台切は遠くを見つめる。
「それは、そいつに対して失礼じゃないか…？」
久しぶりに聞いた懐かしい声に、燭台切は目を見開いた。
「なんだ、やっぱり話せたんだね」
ふんっと鼻を鳴らして、鶴丸は月夜を眺めている。
「そうだね。ごめん。今のは聞かなかったことにしてくれる？」
「何故謝られているのかわからないし、謝るなら俺じゃないだろ」
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作者名：マナ | 作成日時：2021年8月2日 16時
