なんて、愛おしいんだろう ページ23
「う、わああああああああっ！？」
見上げた先には、ニッコリと微笑んだ三日月がタオルも巻いていない状態で立っていた。
沸騰したやかんのお湯がプシューっと蒸気をだすような勢いで、顔を真っ赤にさせたAは悲鳴を上げた。
「はっはっは、すまんすまん。驚かせてしまったな。」
三日月は特に気にした様子もなく、湯船に浸かってからふぅーと一息ついた。
思考が追いつかないAではあったが、反射的に背中を向けていた事で、ひとまずは何も見ずに済んだ。
「あ、あのっ、三日月さんは、何故ここ…ひぁあああっ！？」
恐る恐る振り返ろうと左に顔を向けた瞬間、Aの視界一杯に、ニッコリと微笑んでいる三日月の顔が映る。
「あ、ぁ、びび、びっくりしたです…」
「お主がなにやら思い悩んでいる様だったのでな。このじじいでよければ、話してみよ」
「え、えっと…いつから…」
「お主が湯にブクブクと顔を埋めていた時からだな」
(それは最初からですー！！)
違う意味で赤く染まった恥じらう頬を隠すように俯いたAをよそに、三日月はホケホケと呑気に笑っている。
今すぐにでもこの場から立ち去りたいが、Aは重大なことに気づく。
(そういえば、タオルは燭台切さんにお願いしているのでした…)
つまり、脱衣所に行くためには、湯から立ち上がらないといけないわけで。
それは色々とまずい。この状況もとても恥ずかしいのだが、異性に裸を見られるというのは、それよりももっと恥ずかしくてどうにかなってしまいそうだ。
「して、泣くほど思い悩んでいたのだろう？無理に話せとは言わんが、言葉にしてしまった方がいいこともあるだろう」
三日月の宿った瞳が遠くを見据える。
その瞳が儚げで、綺麗で、三日月と厨房で出会った時と、同じ気持ちになる。
(悲しくて…消えてしまいそうで…胸の奥が苦しくなるような。心細くなるような、寂しい瞳。けど、なんて…)
彼に触れようと、Aは三日月へと手を伸ばす。
◆
青みがかった黒の瞳が、こちらを真っ直ぐ見つめてくる。
初めて出会った時から抱いたこの感情。
微笑んだその姿に、どうしようもなく胸を掻き立てられる。
忘れかけていた、忘れようとしていた。
『…でも、素敵です。夢みたいです。こんな風にお話しできるなんて。皆さんに会えたことが、私はとっても嬉しいのです！』
心から笑う無垢な少女。
泣きたくなる程、優しい少女。
ーーああ、なんて
『愛おしいんだろう』
この小説をお気に入り追加 (しおり)
登録すれば後で更新された順に見れます 97人がお気に入り
お気に入り作者に追加
違反報告 - ルール違反の作品はココから報告
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
作者名：マナ | 作成日時：2021年8月2日 16時
