…言えない ページ21
肯定も否定もせず、鶴丸は一定のスピードで彼女の頭を撫でると、Aの手に持った食器を取りあげて、歩を進めてからまた振り返る。
ジッとこちらを見つめる鶴丸に、Aはニッコリと微笑んでから駆け寄った。
「…なんだか今日は、鶴丸さんに励まされてばかりですね。でも、嬉しいです。不安だった私を元気づけてくれているのですよね。鶴丸さんがいなかったら、私はきっと悲しい気持ちでいっぱいで、どうしていいかわからなかったと思います。だから、一緒にいてくれたことがとても嬉しかったのです。ありがとうございます。」
鶴丸は嬉しそうに隣を歩くAを見つめて、口元をほんの少し緩めてみせる。
(…あ、今、初めて鶴丸さんの笑った顔が見られた気がします。)
ほんのわずかな彼の笑みに、瞳を輝かせて思う。
いつか、彼のもっと嬉しい顔が見られるだろうか。
それはきっと、キラキラとしていて、素敵な笑顔なんだろう。
そんな日が来ればいいなと、彼だけではなく皆がそうなればいいなと、密かに願った。
◇
「ごめんね。夕餉まで手伝ってもらったのに、洗い物まで手伝ってもらって」
「いいえ！これくらい平気です！」
食器を洗いながら、泡の付いたスポンジを握った手で力拳を作って見せる。
燭台切はAの隣で、洗い終わった食器を拭きながら微笑んだ。
「そうだ。これが終わったら、お風呂に入ってくるといいよ。ここのお風呂は、露天風呂みたに広いからね。」
「それは凄いです！なんだかワクワクしますね！」
子供のように期待と好奇心を含んだ瞳をキラキラと輝かせるAに、燭台切がフフッと笑った。
「あぁ、でも、着替えはどうしようか。困ったな。ここには男性用しか置いてないし」
「私はこのままでも大丈夫ですよ。」
「駄目だよ！女の子なんだし、僕が気にする！」
食い気味の燭台切に、自身の制服を嗅いで不安そうな表情になる。
「に、臭いますか…？」
「ち、ちがうよっ、誤解だから！流石に女の子にそのままの服でいさせるのは僕が嫌ってだけで！あの時はいい匂いだったし…」
最後に途端に声を小さくして呟いた燭台切に、Aは首を傾げた。
「えっと、すみません。最後の方だけ聞き取れなくて…」
「いやっ、何も言ってないよ！気にしないで！」
ぎこちない笑みを浮かべて耳を赤くする燭台切に、Aはまた不思議そうに首を傾げる。
(目が覚めた時、優しく微笑む君の香りに、安心したなんて言えない)
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作者名：マナ | 作成日時：2021年8月2日 16時
