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「…Aー?」
軽く二回ノックをして、Aを呼ぶ。
ノックをするたび、二回はトイレノックなんだよ!と怒るAが脳に浮かび上がる。
ろくに面接もしたことがないくせに、と脳裏のAを追い払う。
「…まだやってるやんけ」
いつもの光景である、白く光るパソコンと真っ黒なノートに向かう後ろ姿が見える。
あれから二時間と少し経ったが、一向に出てくる気配がないので死んでいるのかと様子を見に来たらこうだ。
Aは仕事に取り掛かると何かに憑かれたように、作詞一本になってしまう。
作詞ができる時とできない時のコンディションが本人の中ではあるらしく、その落差が激しい。
しないときは全くと言っていいほどしないのに、し始めたらいつも止まらなくなる。
「…よりめくん」
「よぉ、やってる?先生」
「いま見切りがついたよ。そんなに時間経ってた?」
「ただいまのお時間、八時二十一分でございます」
「あちゃー、時間感覚なくなっちゃうんよな」
仕事が終わったあとのAはひどく疲れている。
きっと物語の誰かに憑いて、憑かれて、集中をものすごくしてまうんやと思う。
素人の俺には、全くわかり得ることはないんやけどさ。
「…今回はどうやったん?」
「あんまり好きくない。けど、好きなフレーズはできた」
「ならええやん、それが誰かに届くよ」
「せやね。そうだといいな」
疲労の溜まった、しかし淑やかな目で俺の作ったカレーを眺め、ゆっくりと口元に運ぶ。
仕事にストイックなAは、歌詞の出来に体調が左右されやすい。
そこまで大きく影響はしないけど、食欲が出なくなったり、体調不良が増えたり。
たぶん、人に何かを伝える仕事って、そういうことやと思う。彼を見てると、つくづく痛感する。
身を削って、宛先のない書きなぐりの手紙を出して。
それを評価されるんやから。
それが全てになるんやから。
彼が過敏になってしまうんも、しょうがないんやろうな。
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作者名:ひるた | 作成日時:2023年1月28日 1時