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「名原ってさ」
「うん？」
「たぶん演劇も向いてるよな」
「…僕を嘘つきだとでも言いたいわけ？」
「ちゃうて(笑)」
ただ受動的に感じたことを、口にした。
そう感じているのならば、なにか原因があるはず。
そうすると、現代文の時間での音読を思い出した。
「現文で音読するときさー、名原当てられたら読むのうまいやん。なりきってるっていうか」
なかなか類をみないタイプだと思う。
朗読が上手なひとってたまにおるけど、あれとはまた違う。Aは読む、ってよりも演じている。
実際、現代文の時間でAの番が回ってきたとき、先生は長めに読ませているように思う。
漢字に強いから、訂正する必要もないし、スラスラ進む。おまけに抑揚がついていて、聞き取りやすい。
きっと、うまいから、もっと聞きたくなるねん。
「そうかなぁ…。
うーん、でも、音読するってことは、彼らの命にお邪魔するって事だから、気持ちを込めてるよ。」
「命？」
「現代文は物語が少ないけど、評論文でも、文章はすべて登場人物がいるでしょ。
そのひとの思考を借りて読むわけだから、命を覗かせてもらってるのと同じ。
せっかく命を拝見する場を設けてもらってるのに、読めないとか読まないとか、そんなことしちゃいけない。
文章の中の命に失礼だと思う。
だから、せめて気持ちを込めて読むの」
彼は、ある意味で正しく言語を使っているのだと素直に感嘆した。
本当の意味で、言葉を操っている。
言葉の重さを理解し、あるべき姿で言葉を味方にしている。
「俺も、真面目に音読しないやつ見ると、腹立たしくなるんよ。よく分からんのやけど。
声が小さいとか、漢字が読めないとかは別としてさ。
ふざけて、めんどーい、とか言ってしまう奴は
言葉に見捨てられてくんやろな、って」
Aに感化されたんやと思う。
あまりにも純粋に文章を楽しむ人間を前にして、俺の心に嘘をつくのは間違っている。
俺やって、言葉が好きや。
「名原とこうやって色んなことを話せるのも、俺の言葉を大事にしてきたおかげやなぁ」
「そうだね。
桐山くんに、ありがとうもごめんねも言えるのは、奇跡なのかもしれない。」
当たり前のように感じていた、麻痺してしまっていたことは、誰かに与えられた奇跡なんやと思い知らされる。
Aの世界は、思っているよりもずっと広くて、魅惑だ。
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作者名：ひるた | 作成日時：2023年1月28日 1時
