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「分かりました、誘ってみます」
このまま引くのもなんか癪なので、少し語尾を強めてそう言った。
私のそんな態度に須貝さんはきっと快く思っていないだろう。
折角いつも協力してくれているのに申し訳ない気持ちになった。
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クリスマス当日、私はオフィスにいた。
伊沢さんと約束をして、彼の仕事が終わるのを待っていた訳ではない。
約束は出来なかったけけど、彼と少しでも一緒にいる為でもない。
なんなら伊沢さんは今頃彼女さんと一緒にいるのではないだろうか、知らないけど。
でも断ったということはそういうことなのだろう。
友達も彼氏彼女と一緒で、一人寂しくクリスマスを過ごすのも嫌だったので、こうしてオフィスに仕事もないのに来ているのである。
本当にソファに座ってスマホを弄っているだけなので、家に帰って晩酌でもした方が楽しいかもしれない、なんて思い始めた。
「…帰ろ」
立ち上がろうとしたとき、私がこんなに落ち込んでいる原因の一人である人がぼふっと隣に座ってきた。
「帰るの?」
「…帰ります」
「じゃあちょっとだけ連れられてよ」
須貝さんの誘いを断る理由も無く、私は彼と一緒にオフィスを出た。
外は寒いがここは東京、雪なんて幻想的なものは降ってない。
二人でキラキラと輝く都会の街を歩く。
「今から言うのは全部独り言なんだけど」
特に何も話さないでいた私たちの静かな空気を破ったのは須貝さんだった。
果たしてその前置きは必要なのかと思いながら、私は適当に話を聞くことにした。
「俺はほぼ一回りも歳下の好きな人がいて、でも好きな人には好きな人がいて。叶うことのないと分かっていてもこの恋を捨てられなくて。彼女と少しでも一緒に居たい。じゃあ、彼女の恋を応援してあげればいいのではないだろうか。だから俺は伊沢に彼女がいることを知りながら、キューピット役に徹した。本当なら『幸せになって欲しいから俺が幸せにしてやる』くらいの気概でいたのに。告白しようと思ったのに。彼女が伊沢を見るその目を見て、『ああ、俺勝てない』って思った。大好きなのに、こんなにも大好きなのに、届かない。届いたところで勝てない。毎日毎日苦しかった」
「ねぇAちゃん、俺頑張ったよね…?」
須貝さんの声は今にも消えてしまいそうで。
私の心も今にも押し潰されそうで。
そういえば少し前に、福良さんと話をしたときに言われた。『Aさんって酷だよね』と。
あのときは確か須貝さんと伊沢さんの話をしていて。
なんのことかさっぱり分からなかったその言葉が、今は痛いほど分かる。
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作者名:ヱ崎 | 作成日時:2022年11月1日 16時