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Side S
「…そっか」
大野は、小さく呟いた。
「そっか」
もう一度。
「俺だけ、か」
独り言のようだ。
ふらりと大野は方向を変え、部屋から出て行こうとする。
「智くん？」
慌てて声をかけたが、何の反応もない。
これが怒りゆえの行動ならば良い。
だが、これは違うと今までの経験が告げた。
“失敗した”と思った。
「さとしくん」
腕を掴んで強引に振り向かせる。
その顔には何の表情も浮かんでいなかった。
「ネタ…」
「何？」
「今日、ネタできなかったから。家に帰って、考えないと」
「さと…」
「早く作んないと。時間ないし」
櫻井の手を振り切るわけでもなく、大野はゆっくり外へ進もうとする。
「だから早く家に帰らないと」
櫻井は圧倒されるように、大野の腕を離しそうになったけれども…踏ん張った。
「しょうくん…離せよ…」
「嫌だ」
「はな…」
大野は言葉の続きを発しなかった。
いや、発することが出来なかったのだ。
彼の言葉は、櫻井の唇に吸い込まれていった。
・
ゆっくりと離れた時、大野のぽかんとした顔を見て
櫻井は思わず、笑ってしまった。
「て…てっめぇ…」
大野がワナワナと身体を震わせて、櫻井を睨み付ける。
けれどもそんな様子も可愛らしくて、笑わずにはいられなかった。
「わ、笑うなよ!ってか、何すんだよ!」
「何って…わかれよ」
「わっかんねーから、聞いてんだろ!」
「…」
「え、ちょっ…」
両手をがっちりとホールドさせた櫻井の真剣な顔が、間近に迫る。
「…本当に、わかんないの?」
「…え…?」
考えて
考えて、智くん。
「俺は…絶対に智くんと一緒にいるよ。だって、俺は智くんの唯一無二の相方でしょう?」
「お、おう…」
「俺はね、本当に欲しいもの以外はいらないんだ」
「…何が…欲しい…んだよ…」
「今は智くん」
「…うっせぇよ…漫才は、ぽんこつのくせに…」
大野の声が甘く揺れる。
櫻井の欲しいものは自分でも驚くほど明確なのだ。
流行やステータスなどは興味はない。
けれども、本当に欲しいものを手に入れるためならどんな苦労も厭わない。
・
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作者名：ありはる
| 作成日時：2015年11月12日 22時
