33話 ページ35
布地でも広げたように青が広がる。天まで震わせんばかりの大声を、私は始めてあげた。話は、半刻ほど遡る。
「山姥切、みんなを庭に集めて。この本丸の人、全員呼んで」
太陽が完全に顔を出す。私のその声で、山姥切は忙しなく執務室を出ていった。一人取り残された縁側で、これからの事を考える。
前線とは、どれくらい厳しいのだろう。やっていけるだろうか。ふと、庭の薮ががさりと動いた。目を凝らす。
「麻とやら」
この声を、忘れるわけがない。死神の手がそろりそろりと伸びるように、背中に汗が伝う。不気味な響きが、耳につく。ろう人形のように、体が固まるのを感じた。
「がんばっているようだの」
細められた目は、優しさではない。その狂気に触れてはいけない。あぁ、山姥切。戻ってきて。心のなかで懸命に祈る。祈りというものは虚しい。折角昨日は、満月だったのに−−。
「物事には、運命というものがある。変えられないぞ? のぅ、麻。月が綺麗だな?」
三日月宗近の背後、晴れた空に、真昼の満月が浮かぶ。嫌味なほど、美しく。意味を持たない言葉を漏らす唇に、三日月は愉快そうな視線を注ぐ。
何も言わずに、静かに唇が歪められた。距離にしては決して近くない。だが、なぜか足がすくむのだ。この男が、怖くて仕方がないのだ。
三日月は「じゃあの」とだけ言うと、どこかへ歩き去っていった。ゆらりと消えてくその背中を、目で追う事すらしなかった。
やめよう、考えないようにしよう。縁側に続く障子を閉め、執務室から逃げるように廊下に出た。足早に廊下を歩く。足音に呼応するように、激しくなる鼓動。
中庭につくと、数人もう集まっていた。一人が気がつき挨拶すると、ほかもそれに続いた。
「主! おはようございます! 主命ですか? ぜひこの長谷部に何なりと!」
「おはよう、長谷部にだけじゃないよ。でもありがとう」
朝早くであるが、長谷部は元気である。私の姿を確認すると即座に駆け寄ってくるその姿が、忠実な犬に似ている。純粋な長谷部の笑顔に心を落ち着かせながら、中庭に全員集まるのを待つ。
大して待たずに済んだのは、山姥切以外の刀も招集に協力してくれたからだろう。心のなかで礼を言いながらも、大小様々十人十色の刀剣男士の前に立つ。
私を射抜く何十もの瞳に、一瞬息が詰まる。袴をぎゅと握りしめると、一度唾を飲んで。朝の清々しい空気を、吸い込んだ。
「集まってくれてありがとう。前線に、行こうと思います」
59人がお気に入り
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ