32話 ページ34
「麻、もっと危機感を持った方がいい」
「危機感? どうなんだろうね」
こんな夜更けに、男女が二人きりでいることの意味はわかっている。誰にでもこうするわけじゃない。相手が山姥切だからだ。
手を出さないと、信じているから。
笑い混じりにため息をつくと、山姥切は縁側に座った。普段より近い距離、山姥切の匂いが、いつもより強い。
「私から、離れないで。夜明けまで、一緒にいて」
もたれかかると、そう呟いた。胸あたりまで伸びた髪を、山姥切は一房とる。手で一度遊ばせると、「あんたが言うなら、了解だ」と言った。
それが、とてつもなく嬉しい。沈黙すら楽しめる相手は、初めてなのだ。
別に、何をするわけでもない。真夜中の庭はとかく変化がない。風情のある虫も、すっかり寝静まる。ただ、風に足を洗わせて、独特の匂いを嗅ぐのが好きなだけだ。
隣に、山姥切がいたなら尚いい。
何時間たったか、一瞬にも、永遠にも感じられた。次第に、東雲の空が明らむ。純粋な逢引に、終わりを告げる色であった。また、日常が始まるのだ。
「麻」呼ばれた名に、うんと答える。山姥切が立ち上がる。優しく、頭を撫でられた。
「山姥切。人間の、いや、私にとっての幸せってなんだかわかる?」
「なんだ?」
「こういう風にね、あったかい時間、過ごすこと。好きな人と」
「そうか、俺もだ」
背中を向けたままでは、山姥切の顔は分からなかった。背後からの、優しい声が心地よい。朝焼けは暖かな光を私たちに届ける。寝不足特有の頭痛すら、山姥切が関わると愛しいものに思えた。
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