3話 ページ4
驚いたようにパチリと瞬きをする男性。瞬きから、星がこぼれ落ちるようであった。
自分がなにをやっているのかわからないくらい、頭がふわふわしていて、言いつけを破ってしまった。
「私の名前は、Aです」
舞台に上がった俳優みたいに、恭しく名乗る。
名前だけは言ってはいけないと、言われていたのに。
「A……」
私の言葉を復唱するように呟く男性。
水面のように、彼の瞳が揺れて。
これからよろしくって笑いかけると、男性の唇が山姥切国広だって紡がれた。
黒かった世界が次第に白らんで、数分後くらいに見たこともない和室に私たち二人で立っていた。
「山姥切……ここどこだかわかる……？」
隣の山姥切に問いかける。
「本丸だが、そんなことより主、さっき名前を名乗ったな。絶対にもうやっちゃダメだ。わかったか？」
子供にいい聞かせるように話す山姥切。
「うん、ごめん。じゃあなんて名乗ればいいの？」
「仮名を作るんだ。大切なものだから、落ち着いてからゆっくり考えよう。とりあえずここを出るぞ」
山姥切の提案の通りに、襖を開けて廊下に出る。
瘴気というものだろうか、不気味な雰囲気が廊下に漂い体を震わせると、山姥切が大丈夫かって声をかけてくれた。
人の気配を感じ前を見ると、廊下の奥から、煤色の短髪の男性がゆっくり、ゆっくりと歩いてくる。
「あの、わたしここの審神者になる者なのですが……」
少し離れたところから、話しかけると男性はこちらをみて、
「お帰りなさいませ主、主の思うままにしましょうなんなりと。なにをすればいいでしょうか？ 裏切り者を折ればいいですか？ 出撃ですか？ それとも刀解ですか？」
何度もその台詞を口にしているかのように、一息で言い切る。こちらを見ているはずの目は淀み、私を写してはいなかった。
怖いが、私がやることは、刀剣男士を救うことで。
「主、主。主命をください、なんなりと、なんなりと」
フラフラとこちらに近づきながら、うわ言のように呟く。
足をびっこ引きずる歩き方は明らかに怪我をしていて、心配だった。
私も彼に歩むと、後ろの山姥切が止めようとする。
「こんにちは、あなた怪我をしているのでは？ 大丈夫ですか？」
彼に再度話しかけた瞬間、前方から感じる衝撃。
「ぐえっ！！」
私に寄りかかるように男が倒れ込み、支えようとするも私は潰されてしまった。
倒れ込んだ廊下と彼からは、濃い血の匂いがした。
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