27話 ページ29
「暗闇の世界にいた俺を、救ったのは主だった」
主という呼び方に、もどかしさが溢れる。私たちを隔てる薄い扉を、すぐにでも開けてしまいたかった。そんなわたしの思いは、もちろん部屋の中へ届かない。
「顕現前は基本刀に意思はないのだが、君は珍しいな」
男の呟きを、歯牙にもかけず山姥切は続ける。冷たかった足が、じんわりと暖かくなっていくのを感じた。
「主がやるっていうのなら、俺らは何でもやる。命にかえても守ってついていく。それが、人の形で顕現された刀の使命だ」
昼間、庭で会った三振りの短刀を思い出した。多分、顔の見えぬ山姥切も、あの子達と同じ目をしている。
「ようは?」
さらに心の奥底を引き出すように、男は静かに聞いた。
「幸せにしてやりたいということだ」
恥ずかしげもなく、さらりと山姥切は言い放つ。低い声が、心地よく耳をくすぐった。
あぁ、だめだ。そんな言い方現世じゃ……。期待しちゃだめだ。 上がりかける口角を必死に叱咤すると、頰を夜の風で冷ました。
「山姥切国広、それは主従の絆というより、愛や恋といったものに近いぞ」
珍しく柔らかい声で、笑い混じりに男は言った。男の笑いにつられるように「そうかもな」と山姥切まで笑った。
畳が沈む音が聞こえ、二人が立ち上がる気配がした。盗み聞きをバレたくない私は、上がる心拍数につられるように、少し遠くまで小走りで逃げた。
大丈夫、たぶんバレていない。人気のない廊下を見渡す。夜の風に体が冷えていくのを感じ、執務室に戻ろうと歩き出す。
さめざめと、切なげに泣く声が聞こえた。日本古来の楽器を奏でるように美しげにも、また小さな子供の泣き声にも似た響きにをもつ声。
静寂に泣き声はよく目立ち、とある一室から漏れていると気がついた。
誰の部屋からわからぬそこに、以前軽率に動き痛い目にあったことを思い出す。部屋の主は泣いているのだから話は別だろうと、腹をくくる。
「あの、大丈夫ですか? 審神者です、入ってもよろしいですか?」
廊下から掛けた声に、泣き声は酷くなるばかりである。再度声をかけるも、返事はない。いよいよ心配になってきて「ごめんなさい、開けますね」と言うと、手をかけ少し障子を開けた。
真っ暗な部屋に月光が差し込み、部屋の主を照らした。
「加州清光。勝手に開けてすみません、大丈夫ですか?」
59人がお気に入り
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ