23話 ページ25
「薬研、ありがとう」
じゃじゃ馬呼ばわりが少しおかしく、こらえ笑いでお礼を言う。
「ね〜、あるじさんー! そんな風にもっと笑ってよ!」
唐突の乱の発言に、首を傾げる。ふくれっ面で乱は続けた。
「だってあるじさん、部屋から出てきたときすっごい怖い顔してたもん!」
純粋な発言に、驚きを隠せなかった。まさか、そんな顔をしていたなんて。
「そんなに私ひどい顔していました?」
「主君の顔、怖いっていうか、すごく思い詰めているみたいな……」
少し迷うような素振りのあと、私の質問に秋田が答えた。思い詰めている、考られる原因はもちろんひとつだが……。
「なぁ、たーいしょ」
長閑な庭に似つかわしくないくらいの、甘い声が響いた。目の前の二人が、ぴくりと肩を震わせる。
「大将は、さ。自覚あるかわかんねぇけど、すげぇ一人でやらなきゃ、みたいに思ってそうで……」
薬研がつらつらと言葉を紡ぐ。口を閉じると、喉仏が動いた。唾を飲む音。形の良い唇が、再度開かれる。
「もっとさ、俺達にも頼ってくれよ。いろいろ、話したり。そりゃ、あんたの山姥切国広に比べたら頼りねぇかもしれねぇけどさ」
言いにくそうな顔をしながらも、薬研は言い切った。乱と秋田が強く頷いた。薬研の気まずげに逸らされた視線が、地面に落ちる。
言っても、いいのかもしれない。現実世界にいた頃から、本心を偽ることは多かった。正確には、我慢だ。長女という小さな理不尽も、我慢し続けると幸せが出てきた。
でも、我慢したのって、他に頼れる人がいなかったからだ。自分の思っていることを、言える人がいなかったからだ。
もし空腹が辛い時、生活が苦しい時、山姥切でもいたら、私は自分をさらけ出して、いっぱいワガママを言ってしまったかもしれない。ふと、そんなことを考えた。
日光が、薬研の薄紫色の瞳に強い輝きを灯した。生気に溢れる、付喪神の魂。拠り所を、この世界で見つけられる気がした。噛んだ唇を緩めると、痛みが引いていった。ゆっくりと口を開ける。
「あなた方は、再度戦いたいですか? 戦場で散ることが、嫌ではないですか?」
ぽつりと呟いた声が、自分の声じゃないみたいだ。三人が目を見開く。隣に並びあった乱と秋田が目配せしあうと、強く頷いた。
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