月光の前奏曲 -第19番- (ページ33)

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第七十四章【道】side:You ページ33

トントントン。
じー。

そんな効果音が目に見えそうな程
会話もなくただただ野菜を切る私の横で
飽きもせずそれを見つめる跡部。

かれこれ5分くらいは微動だにせず視線だけを送ってくる彼は
一体何が楽しくて見つめているのだろうか。

また、結婚したらこんな感じなのかとか考えてんのかなと
勝手に彼の頭の中を想像して笑みを漏らした。

もし本当に結婚したら彼はどうするつもりなのだろうか。
まさかあの家に私を住まわせるつもりじゃないでしょうねと
彼との未来に不安を覚えた。

無理だよ私。ミカエルさんにA様って呼ばれるだけでも
相当な神経遣うってのにあれやこれやお世話してもらうだなんて。

まぁ本来私も皇族なのだからそういう立ち位置なのは間違いないんだけど
私が毛嫌っていることを知って家政婦やお父さんの側近さん達は
基本的に私のことをAちゃんと呼んでくれていて。

庶民すぎる生活を送ってきた私にとっては
そんな地獄と何ら変わらない生活を強いられるのであれば
彼とは結婚できまいと鼻で笑ってしまった。

なんで私がこんな事考えてるのか。
目先の彼との生活ではなく、未来を見ているのは何故か。

他でもない。明後日、彼が日本を経ってしまうからだ。

別に入学は9月なのだからそれまで日本にいればいいものを
卒業式にすら出ないこの男は一体何を考えているのか。
生徒会長が卒業式にいないだなんて聞いたことないよ本当。

早めに行って、生活に慣れたいとかなのかな。
まぁ跡部のことだから、事細かに計画を練ってそうだなと
私には到底理解し得ない彼の几帳面さを嘲笑う。

なんでだろ、ほんと。

寂しいとか思わないのかな。
私と、もう少しいたいとか思わないのかな。

『いって！！』

「…馬鹿か」

そんなことを考えていれば、ぼーっとしすぎて
野菜と一緒に指をカットしてしまう始末。

はっ、と鼻で笑った跡部に久々に苛立ちを覚えた。
お前のせいだかんなまじで。

笑ってんじゃないよと心の中で悪態をつきつつ、
絆創膏を取りにリビングへ戻れば
手に取った絆創膏を彼にバッと無言で奪われた。

え、なに。また舐めたりするんじゃないでしょうねまさか。

彼の時たま見せるサイコパスさに怯えていれば、
私を椅子に座らせた彼はペリペリと
絆創膏の紙袋をあけて私の手をとった。

あ、なんだ。普通に貼ってくれただけか。

別に自分で貼れるのにと思いながらも素直に御礼を告げた。

前にも、こんな事あったなぁ。

何も言わず絆創膏を貼る彼を見て、ふと思い出に浸った。