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驚愕する私には目もくれず、阿部くんはその文庫本をしげしげと見つめる
数ページ捲っては、あー思い出すわーとかボヤいてる
所在を無くした私の手は、ぶっきらぼうに宙を彷徨う
「『長い間、私はまだ早い時間から床に就いた。』…か。すでに冒頭から心折れたなー」
冒頭の一文を指でなぞる彼
消極的な言葉でありながら、その横顔は惚れ惚れとしていた
「カッコつけて読んではみても、分相応ってのを考えないとだよね」
ようやく私に目をくれた阿部くんは、ちょっと驚いたような顔をした
「あ、ごめん、これはあくまでも自分のことで…」
横に手を振り、全力で否定する彼は、アイドルっていうより、同級生って感じ
何文か否定と謝罪の言葉を挟む彼は私の顔を覗き込んでいて、自分がどんな顔をしていたのか少し不思議だった
だから、そんな慌ただしい彼を見て吹き出してしまったのは、きっと無意識のところ
「ふはっ、私達、分相応ってものを考え直さないとね」
一瞬だけポカンとした阿部くんは、私の笑い声の数秒後に重ねるようにして笑い出した
コロコロと表情が変わる彼は、思ったよりも楽しい人
「何で、これ読もうと思ったの？」
一通り笑い終えた私達はようやく一息つき、彼からそんな質問が飛び出した
「あのー、有名な話。紅茶とマドレーヌの」
「あー、無意識的記憶ってやつ」
「そうそう、何か有名な言葉あったじゃん」
「プルースト効果？」
「そう、それ！別の本でそのワードが出てきて、気になったから何となく」
「へー、面白そうな本だね」
「阿部くんは読まなさそう」
「何で？」
「ゴテゴテの恋愛小説」
「あー、それは俺だけじゃなく、男女間の感覚の差っていう終着点のない話になるね」
小さく、ありがとって言いながら阿部くんは私の手に文庫本を返してくれた
その時に微かに触れた指先は、まだ自分の知らない体温の差
初心な高校生は口角が引きつる
再び戻ってきた文庫本はさっきと同じものなのに、そこに触れた幾千もの手の中の一つに確かに彼が存在するんだと強く意識した
生まれた共通点がこんなにもむず痒いなんて
「この本の主人公が、紅茶とマドレーヌなら、俺は金木犀かなー」
文庫本に落としていた視線を彼に向ける
微かに目を細めて深く深呼吸した彼
「あとは、卵焼き」
まるで照れ隠しのように口に手を当てて笑う
その無意識的記憶の中の一片に自分は居るのだろうか
なんてね
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なむる。(プロフ) - You∞さん» コメントありがとうございます！まさかそんな運命的なことが…この小説を通して私も素敵なお話に巡り会えて嬉しいです(・∀・) (2021年1月16日 19時) (
レス) id: 74f22f9e0f (このIDを非表示/違反報告)
You∞(プロフ) - はじめまして。自分の身近に起きたことに似ていて、びっくりしました…ただ私の場合は、私も彼も独身で、答え合わせは同窓会でしたが(笑)。このお話を読んで、あの頃の私は本当に彼が好きだったと、改めて気づきました。ありがとうございました。 (2021年1月16日 10時) (レス) id: ef0b5894b5 (このIDを非表示/違反報告)
なむる。(プロフ) - コメントありがとうございます！大人になっからこそ分かる感情だったり、幼いからこそ答えを出せなかった恋心ってのをテーマにしてみました^_^頑張ります！ (2020年9月16日 7時) (レス) id: 74f22f9e0f (このIDを非表示/違反報告)
雪の王子様 - 今回のは少し切なめ？なんですね。亮平くん、本当はまだ好きだったってことでしょう？まあ初恋は叶わないって言いますからね。とにかく面白かったです。素敵なお話ありがとうございました。これからも頑張ってください。 (2020年9月16日 2時) (レス) id: a501c8742d (このIDを非表示/違反報告)
なむる。(プロフ) - 詩乃さん» コメントありがとうございます！ただただ嬉しいの一言です:-) ちょっとしたワンシーンにもこんな素敵な言葉が頂けて…楽しんでいただけて嬉しいです！ありがとうございます (2020年8月19日 5時) (レス) id: 74f22f9e0f (このIDを非表示/違反報告)
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作者名：なむる。 | 作成日時：2020年8月6日 12時
