12. ページ12
.
阿部くんの濡れた左腕が、私の制服をジワジワと濡らす
彼の手が唐突に傘の柄に伸びて、私の方に傘が傾く
そこで自分の左半身が濡れていることに気づく
濡れていた左半身から、雨の気配が消える
横を見れば、ほら、またそんな目で私を見て
口をきつく結び、私から視線を空へと移した阿部くんの手は、変わらず傘の柄に触れている
だからといって絶対に触れない距離が妙にこの空間を浮世離れさせていた
「この雨が、俺達のこと閉じ込めてくれたら良いのにね」
小さく、消え入りそうな声でそう呟いたのは、間違いなく阿部くんなのに、彼の表情からは何の感情も組み取れず
唐突に閉じ込められた空間に、私は強く不安を感じた
自分に向けたものではなく、それは目の前の彼に向けたもの
だって、その姿はあまりにも弱々しかった
一人じゃ守りきれないほどに
私と違う世界を持ち、私と違う感性に笑う阿部くんに、私はもしかしたら憧れていたのかもしれない
強い人だと思っていたのかもしれない
その強さに縋りたいと思っていたのかもしれない
でも、そんな彼が見せる弱さは誰にだって持ち得るもので、完璧じゃない彼は、きっとずっと居た
ただ彼はそれを隠すのがすごく上手だっただけ
この空間はきっと一瞬だけ作られた仮の世界
あとお互いが少しでもこの場から動けば崩れてしまうような、脆いもの
だから、彼に何と言えばいいのか分からなかった
同調も、教示も必要ないのだろう
私達はお互いを知らなすぎる分、お互いにすごく慎重すぎる
きっとここにいるのは私じゃなくても良かったんだ
だって、そんな一方通行な言葉を受け取る資格を、私は持ち合わせていない
ここで私が何を発しようとも、彼にとって正解なんて言えない
もう一度、私に視線を向けた阿部くん
君、アイドルじゃんってくらいには、その表情は固く、でもその瞳はえらく熱っぽい
そんな顔されちゃったらさ
もしかして、とか思っちゃうから
「駄目…だよ」
私が漸く言えたのはそんなこと
その言葉によって瞳に光を取り戻した阿部くんは、一瞬眉間に深く皺を寄せたけど、すぐにその口角を上げた
「ごめん、帰るね」
止めなかった
去り際に笑った阿部くんが泣きそうなのがわかったから
雨の中、頭上に手をかざして散策路を駆けるその背中を、今日は雨が濡らしていた
あーあ、消えちゃう
あのとき、私が泣いた風景も、脳裏に焼き付けた匂いも
全部、雨のせい
.
この小説をお気に入り追加 (しおり)
登録すれば後で更新された順に見れます 19人がお気に入り
お気に入り作者に追加
この作品を見ている人にオススメ
この作品を見ている人にオススメ
「SnowMan」関連の作品
違反報告 - ルール違反の作品はココから報告感想を書こう！(携帯番号など、個人情報等の書き込みを行った場合は法律により処罰の対象になります)
なむる。(プロフ) - You∞さん» コメントありがとうございます！まさかそんな運命的なことが…この小説を通して私も素敵なお話に巡り会えて嬉しいです(・∀・) (2021年1月16日 19時) (
レス) id: 74f22f9e0f (このIDを非表示/違反報告)
You∞(プロフ) - はじめまして。自分の身近に起きたことに似ていて、びっくりしました…ただ私の場合は、私も彼も独身で、答え合わせは同窓会でしたが(笑)。このお話を読んで、あの頃の私は本当に彼が好きだったと、改めて気づきました。ありがとうございました。 (2021年1月16日 10時) (レス) id: ef0b5894b5 (このIDを非表示/違反報告)
なむる。(プロフ) - コメントありがとうございます！大人になっからこそ分かる感情だったり、幼いからこそ答えを出せなかった恋心ってのをテーマにしてみました^_^頑張ります！ (2020年9月16日 7時) (レス) id: 74f22f9e0f (このIDを非表示/違反報告)
雪の王子様 - 今回のは少し切なめ？なんですね。亮平くん、本当はまだ好きだったってことでしょう？まあ初恋は叶わないって言いますからね。とにかく面白かったです。素敵なお話ありがとうございました。これからも頑張ってください。 (2020年9月16日 2時) (レス) id: a501c8742d (このIDを非表示/違反報告)
なむる。(プロフ) - 詩乃さん» コメントありがとうございます！ただただ嬉しいの一言です:-) ちょっとしたワンシーンにもこんな素敵な言葉が頂けて…楽しんでいただけて嬉しいです！ありがとうございます (2020年8月19日 5時) (レス) id: 74f22f9e0f (このIDを非表示/違反報告)
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
作者名：なむる。 | 作成日時：2020年8月6日 12時
