狂おしいほど紺碧を刻み【渡辺翔太】-2- (ページ4)

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一階部分の店舗兼工房を出て、外階段を上がって二階の角部屋が俺の自宅

そこに人を入れるのは恐らくこれが初めて

少し緊張した面持ちの彼女は玄関を通り、腰を据える暇もなく、キッチンに立つ俺の隣に並んだ

「ゆっくりしてて下さい」

「え、手伝います。私が誘ったんだし」

「お客さんでしょ」

「…私、福岡出身です」

「…うん、」

「、もつ鍋…」

口籠る彼女を見下ろし、漸くその意味を理解した俺は笑った

それをチラリと見て、彼女は照れ臭そうに肩をすくめた

「じゃあ、お願いしようかな」

二人で肩を並べて作業をした

そうは言っても鍋だから出来ることなんて限られてて

あらかたの素材を鍋に放り込めばあとは煮込むだけ

だから、彼女にテーブルセッティングと言う名目でリビングで待って貰うようにお願いした

彼女は疑うことなくそちらへと向かった

コンロの火を眺めてぼーっとしていた

彼女は見ただろうか

何と言うだろうか

俺を蔑むだろうか

もしかしたら居なくなるだろうか

それはちょっと、嫌だな

鍋が吹き溢れて慌ててコンロの火を消し、俺は彼女の様子を見るために一度リビングへと向かった

やはり、彼女はリビングの本棚の前に立ち尽くしていた

その手はまさに一冊のパンフレットを取ろうとしているところで

「見ていいよ」

俺の言葉に跳ねるようにしてこちらを見た彼女は驚きの表情を変え、俺を暗い目で見ていた

貴方もなんだ

それに絶望した

カラリとした笑いが俺の口から漏れた

彼女はそれに不快そうな顔をした

彼女がパンフレットを眺める間、俺はそんな彼女の後ろ姿を眺めていた

彼女の高い所で結われた髪の毛と、そこから覗く首筋

それに触れる権利も何も、俺は手放した

長い時間だった

パンフレットを捲り、一度閉じた彼女は再びそれを最初のページから開き直した

「何度見ても同じ」

俺の声もまた、酷く冷たいものだった

でも、彼女はフルフルと首を横に振った

一心に、それを読んでいた

「ねえ、辞めて」

怖くなった

急に

全部が

それでも彼女は辞めない

俺のことも見てくれない

「辞めろ、」

そうじゃないんだ

そうじゃない

「辞めろって！」

彼女の肩を掴み、強く本棚に押し付けた

鈍い音と共に彼女がグラリと揺れ、その手からパンフレットが落ちる

この場には不相応な、パサリと軽い音

そして感じる首元の不快感

彼女の強い視線

その小さな手は俺の首元を締め上げる直前だった

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