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「……あ。よかった。
まだ帰ってなくて」
彼は、ゆっくりと廊下のドア近くに立ちすくむわたしに近づいた。
「待ってたんだ。鞄、席にあったし。
謝りたくて、それから、渡したいものも」
……頭の全機能が停止している。
こんなときなのに、わたしは、彼の透き通る瞳に夕焼けが反射するさまを綺麗だと考えた。
緊張したときに心臓のあたりを握る癖は、ずっと昔から変わらない。
どうしよう。
「ほんとごめんね。
それ、腫れちゃったね」
クラスの女子に、永瀬、と呼ばれていた。永瀬くんは、わたしのほほを見て申し訳なさそうに俯いた。
とたんに、こんなに綺麗な顔の人の前で、こんな惨めに顔を腫らせて立っている自分が、ひどくはずかしいものに思えた。
……多分この人は優しい人だ。
話したこともない違うクラスのわたしを、心配して待ってくれていたのは本当だろうし。
謝ってくれるのも誠意からだとかんじる。
いたわるような視線からは蔑みもからかいもなにも感じ取れない。
だけど……放っておいて欲しかった。
こういう人の前に立つには、わたしは、つらすぎる。
・
「……」
しばらくお互いになにも言わなかった。
無言のままのわたしに、永瀬くんは不思議そうに尋ねた。
「ねえ。あんたさ、喋れないってほんと?」
え。
わたしは固まってしまう。
「あんたのクラスの女子に言われたんだよね。
わらしは喋れないって。
わらしってあんたのことなんでしょ?」
あまりの恥ずかしさになにも言えないでいると、永瀬くんはぶしつけなのか空気が読めないのか、続けて聞いてきた。
「ほんとなの?」
わたしは……。
「……っ」
わたしは、気づいたら唇を開いていた。
・
「ち……。ちが、ちがいま、す」
・
……久し振りに、自分の気持ちを、人に伝えるという行為をした。
・
動悸がすごい。心拍数、血圧、全てが沸騰して、倒れてしまうような気がする。
……けどわたしは、それでもちゃんとここに立っていた。
彼は少しだけ驚いたようだけど、すぐに普通の表情に戻って、ゆるく唇を上げた。
「やっぱ喋れんじゃん。
『橘さん』」
わたしは目を丸くして、立ちすくんだ。
この人は……。
・
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こんぶ(プロフ) - はじめまして。とーーーーーーーっても面白かったです!店舗もよく長さもちょうどよく、スラスラ読めました。主人公がどんどん廉くんに変えられていって、色づく二人の世界がもっと見たくなりました!付き合ってからの続編とか…希望です^^* (2019年12月30日 3時) (レス) id: d4a749af9f (このIDを非表示/違反報告)
菜 子(プロフ) - yukiさん» yukiさん、ありがとうございます!お話が好きと言っていただけて嬉しいです。次回作、まだ未定ですが考えているので、upした際は読んで頂けたら嬉しいです! (2019年9月26日 14時) (レス) id: de17d94e28 (このIDを非表示/違反報告)
yuki(プロフ) - お疲れ様でした!!お話が好きで更新がとても楽しみでした!次も楽しみです! (2019年9月25日 16時) (レス) id: 5a8ccb1156 (このIDを非表示/違反報告)
菜 子(プロフ) - Sさん» Sさんありがとうございます!ご期待に添えるか不安ですが笑いちゃいちゃさせられるように頑張ります!応援ありがとうございます! (2019年9月22日 11時) (レス) id: de17d94e28 (このIDを非表示/違反報告)
S(プロフ) - 本編完結おめでとうございます!番外編でれんくんといちゃいちゃしてるとこいっぱい見れたら嬉しいです! (2019年9月22日 7時) (レス) id: a50c63b20c (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:菜 子 | 作成日時:2019年9月18日 13時