五線譜 (ページ16)

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将来的には耳が聞こえなくなる可能性が高いと、宣告された時にはもう十分すぎるくらいに、右耳の聴力は落ち始めていて、追いかけるように左耳にも異変が起きていた。

ジェシーの家に転がり込むようにして、同棲を始めてから、約1ヶ月。

彼はいつでも十分すぎるくらい愛を与えてくれた。

お風呂上がり髪の毛を乾かすのを面倒くさがる俺の髪を、しょうがないなぁって乾かす優しい手。

一緒にベッドに入ると腕の中に閉じ込めてとくとくと鳴る胸の音をいつも聞かせてくれる。

彼のために食事を用意すれば、うんまい！北斗天才！って笑ってくれる。

俺のためだけに歌ってくれる子守唄の優しい声も、ほくと、と呼ぶ寝起きの掠れた声も。

ソファで寝ているとお姫様抱っこでベッドに運んでくれることも、ことある事に俺の頭にちゅっと落とすキスも。

全部俺へ向けられた愛だった。

それなのに、俺は彼の愛を真っ直ぐに受け取るには、弄れすぎていた。

嫌われないようにしなきゃ、捨てられないようにしなきゃ、愛される存在でいなきゃ。

告白してくれた日にそっと開けてくれた不安と恐怖で震える心にまた自分で蓋をして、鍵をかけて、ジェシーから見えないところにしまいこんだ。

大切なんだ。

音楽と同じくらいジェシーのことが。

傷つけるのも、困らせるのも、迷惑をかけるのも嫌だった。

だって、ジェシーは未来あるアーティストでしょ？？

俺なんかいない方が、ずっと、音楽に集中できるじゃないか。

「思ったより進行が早いです。覚悟しておいて下さい」

どうせ失う聴力のために病院に行くのが、果たしてなんのためになるのか全く分からないけど、ジェシーに促されて、なんとなく通う病院。

眼鏡をかけた医者が深刻そうな顔で俺に告げる。

そんなこと俺がいちばんわかってるよ。

ジェシーの胸の音が聞こえなくなって、俺のための子守唄も聞こえなくなってきて、俺を呼ぶジェシーの声が聞こえづらくなることも増えた。

ジェシーが近寄ってくる音に気づかずに、振り返ったらすぐ後ろにいて驚いた事も1度や2度じゃない。

筆談用のノートでジェシーと話す。

彼の唇の動きを読んで話を理解する。

段々そういう生活になることもわかってる。