マイナス100cmの恋【青】 (ページ26)

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「い、いえ………………」

「おれじゃなかったらなんかされてたかもしれへんで。気いつけてやあ」

は、はい、ととりあえず返事をする。その声は明らかに上ずっていた。

「ほんまにわかってる……？おれほんま心配やわあ」

「はい…………」

気を抜くと足が震えて崩れ落ちてしまいそうだった。ばぐばくばくと心臓がやかましい。

「こういうとこも心配やねんけど…………あと」

ひた、と安田さんの手がわたしの頬に触れる。

え、と驚いて安田さんの目を見ると、不安そうに揺れていた。

「………………なんか今日ずっと泣きそうな顔しとるから」

ばくんっと大きく心臓が揺れた。

「前会ったときは芯の強そうな目してたのに、今日はずっとゆらゆら揺れてた気がしたから。それに、飲み会のときは仕事の話とか結構してたのに、今日はなんか…………意図的に避けてた気がする。なんかあった？」

びっくりして瞳が零れ落ちそうになった。

このひとは、そんなところまで見てたのか…………。

「い、や………………なんでもないです」

俯いてぽそりと呟く声は、明らかになんでもなくはないのだが、安田さんは何も言わずにわたしの頭に手を乗せた。

「桜木さんが泣きそうな顔してたら、おれどうしてええか分からへんし、おれまで泣きそうになってまうわあ」

このひとは、誰にでもこんなにも優しさで包んでしまうのだろうか。

ぽん、と優しく頭を撫でられ、鼻の奥がつうんと痛くなった。

「なんかあったんやったら、おれでよかったら聞くで。…………やからそんな悲しい顔しやんとってやあ」

途端に、他に社員のいない会議室で、もはや罵詈雑言とでも言える罵倒を繰り返してきた上司の姿が脳裏に浮かぶ。

ふつふつと溜まる気持ちを、ぐっと耐えてただひたすら頭を下げてすみませんでした、申し訳ありません、を繰り返す自分の姿も。

気を緩めると涙が溢れおちてしまいそうだったが、こらえ、「大丈夫です」と言った。

安田さんはやりきれない顔をしていたけど、すぐに笑顔を浮かべて、「なんかあったらなんでも相談してな」と言い、靴を履き直した。

じゃあ、今日はありがとう、と言い、玄関を出ていく安田さんを見送り、ひとりになったあと、床にばたりと涙が落ちた。

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