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「うちの温室のイチゴがもうすぐ熟しそうなの。
そのイチゴで苺大福を作ってもらえるかしら」
「苺大福、承ります。
イチゴを摘むの、楽しみですね」
弥恵はカステラを抱えると、にっこり笑って店を出て行った。
・
・
「え!?
断るって、どういうことですか?」
「暫く和菓子は作らない」
俯きがちに言う玄師の顔を、真衣は信じられないものを見るような目で見た。
「玄師さん、やっぱり変ですよ」
玄師は深く俯く。
「真衣さん、僕は僕の作りたい物を作る。
そうやって今までもやってきただろう?」
「知ってます。
けどうちのモットーは、どんなお菓子でも形にすることでしょう?
食べたいって言ってくれる人がいるなら、どんなお菓子でも作るんでしょう?」
玄師は俯いたまま唇を噛んだ。
「玄師さんのお菓子が好きで、玄師さんの味が好きで遠くから買いに来て下さる方に、届けなくっていいんですか?
食べたいって言ってる人に食べてもらわないなら、玄師さんは何のためにお菓子を作ってるんですか?」
「・・・ちょっと、出かけてくる」
玄師は静かに店を出て行く。
真衣はその背中を不安気に見送った。
秋口の霊園はしんとしていて、玄師の他に人影はない。
玄師は1つの墓の前に立っていた。
「・・・美菜子、俺はどうしたらいいんだろう」
供えてある菊の花びらが、はらりはらりと落ちた。
そっと拾って、陽にかざしてみる。
そこには何も見つけることはできない。
けれど、菊の花びらは生き生きと美しかった。
『食べたいって言ってる人に食べてもらわないなら、玄師さんは何のためにお菓子を作ってるんですか?』
真衣の言葉が強く耳に残っている。
玄師は花びらを握り、目を瞑り立ち上がると、弥恵の家に向かった。
「城内さん、こんにちは」
庭仕事をしていた弥恵が振り返ると、胸高のフェンスの向こうに玄師が立っていた。
「あら、店長さん?
どうなさったの」
「ちょっとイチゴを見せて頂きたくて」
「ああ、そうなのね。
どうぞ入って。
温室にご案内するわ」
弥恵の後ろについて、玄師は温室に入る。
個人宅のものとは思えないほど大きな温室の中のプランターに、イチゴがぎっしりと実っていた。
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作者名:井原 x他1人 | 作成日時:2020年6月14日 11時