眠れない夜には (ページ5)

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「いってきます」

「いってらっしゃい」

「んー…」

玄関で私を抱きしめたままなかなか行こうとしないベク。

「…頑張っておいで？」

「うん」

頑張ってって言葉を使いたくはなかったけど、抱きしめられたままの思考回路じゃ他にいい言葉が浮かんでこなかった。

「よぉーし！！いってくっか！！」

「ぷ。ベク急に元気なってる。笑」

「ヌナのぎゅーで充電したからね～♪」

「それはよかったです。笑」

「また連絡する」

「うん、気をつけてね」

玄関を向いたまま手を振るベクの背中に、私はいつもおまじないをかける。

ベクがいつも笑っていられますように。

ドアが閉まるのを見送れば、鍵とロックバーをして、ベランダへ向かう。

2回目のベクのお見送りをするために。

「ビス～ベクにバイバイするよ～」

ビスと一緒に外に出る。まだ少し肌寒い。
そういえば、ベクと出会ったのも日が長くなり始めたこんな季節だったっけ。

下を見下ろすとマンションの前に黒いバンが停まっていて、私の視線に気づいたマネオッパが片手を挙げたから軽く会釈をする。

あ、ベク後ろに寝癖ついてたな…
そんなことを考えていたらベクがマンションから出てきて、寝癖なんて確認できないほどあっという間に真っ黒な車に吸い込まれていった。

「ベク、いってらっしゃい」

誰に届くわけでもない言葉は宙に浮いて、私はさっさと中へ入る。

～♪

車に乗ったよ！
ありがとう。
ヌナも仕事、がんばって！
また連絡する。

ベクは私がベランダから見送ってることを知らない。

こちらこそ。
今日はあったかくて気持ちいいね。
またね。

送ったメッセージはすぐに既読になる。ベクからの返事がこの後来ないことを知ってる私は、メッセージアプリを閉じる。

ベクは仕事の合間には連絡をしてこない。
その日のスケジュールが終わったあとか、完全オフの日だけ。

現実だけど、現実を切り離すための関係。

この部屋は私の現実で、ベクの非現実。