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「無惨さま?」
呼びながら目をこすって、何とか光に目が慣れてきたら、そこがひときわ大きな和室であることが分かった。その真ん中で無惨さまは私に背を向け、ぽつんと立っている。
「無惨さま!」
走って近寄ると、無惨さまが振り向く。その顔はいつもと何ら変わらぬもので、私はふうと息を吐いた。よかった、怒っていないようだ。
「無惨さま、先程は無礼なことをしてしまい、すみませんでした」
私が言うと、無惨さまは少し首を傾げた。
「無礼? 掛詞のことか? それなら今更過ぎるだろう」
「いいえ、そのことではないです。それにあれは掛詞ではなく駄洒落です」
何が違う、と眉を寄せる無惨さま。しかし私が今したいのは、それについての謝罪ではないのだ。
「無惨さま、私は無惨さまの部下の方々に名乗るのを忘れてしまいました。だからさっきの鬼の方は、私の無礼を指摘してくださったんだと思います」
無惨さまは表情を変えずに聞き続ける。
さっきの鬼の方は、おそらく無惨さまにこっぴどく叱られたのだろう。だからあんなにも絶叫していたのだ。
「さっきの鬼の方に謝りたいのですが、どこにいますか?」
無惨さまは私の言葉に、ようやくかすかに反応を示したーー梅干し色の瞳をわずかに見開いたのだ。そして一瞬目を伏せ、より赤の深まった瞳で私を射貫いた。
「その必要はない」
思えばその言葉は、私がはじめて無惨さまへ苦い感情を抱いたきっかけになったものであったのだ。
「……あの鬼は解体した」
「えっ……」
解体、言葉にゆるゆると視線を下げたら、無惨さまの足元の畳に、うっすらと血のようなものが染み込んだ跡が見えた。しかし、やがてそれもだんだんと消え、跡形もなく元通りきれいな畳になる。
刹那、私の心に渦巻く強烈な想いがあった。
それは、後悔。あの場に私が足を踏み入れてしまったがために、一人の鬼が殺されてしまったという後悔!
「なんだ、その顔は。何を考えている?」
脱力し、項垂れる私の顎をとり、上を向かせる無惨さまは、私の情けない顔を見てそんなことを言った。
「なぜそんな変な顔をしている」
「……私、変な顔ですか?」
「あぁ。酷い顔だな」
酷い顔……。
言い返そうとか思うけれど、うまく言葉が出てこない。
「……わ、私、無惨さまに渡された本、読んでる途中でしたので、失礼します!」
そう言い、私は無惨さまの手を払ってその場から逃げた。
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モブちゃん - 無惨様、優しい!マジで素敵な作品です。更新、頑張ってください。 (2020年11月8日 21時) (レス) id: 2f84cbf165 (このIDを非表示/違反報告)
かめ(プロフ) - 無惨様大好きです!というか鬼陣営好きすぎるので、鬼贔屓な作品は本当に嬉しくて…しかも内容も面白く!素敵な作品ありがとうございます! (2020年7月6日 22時) (レス) id: 0b12b82150 (このIDを非表示/違反報告)
りんご - 好きですありがとうございます (2020年4月25日 3時) (レス) id: aef362accb (このIDを非表示/違反報告)
きの(プロフ) - そこらへんの小説なんかより面白すぎて泣いてます…天才ですか…?! (2020年3月24日 22時) (レス) id: 2bb340e5dc (このIDを非表示/違反報告)
hina - ああああああ神なんですか!?いや神なんだよねそうに違いない (2020年1月20日 18時) (レス) id: c01e14d75d (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:きりんの木 | 作成日時:2019年10月22日 21時