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「数日間、どうしてもそばから離れなければならない用事ができた」
ある日唐突に、無惨さまにそう言われた。
「その間、Aのそばに鬼を配置する」
付け加えられた言葉に、私はぎょっと目を見開いた。
それはつまり、私は数日間のお留守番ということだ。それどころか、まともに交流したこともない無惨さま以外の鬼と数日間ともに過ごさなくてはいけないということだ。
「……別行動、ですか」
ちょっと不安に思って眉寄せたら、無惨さまは私の頭を軽く撫でた。
「別行動だ」
子どもをあやすように言うから、私は次の言葉をぐっと飲み込んだ。無惨さまがそう言うのならば、従おう。ちら、と無惨さまを見上げたら、無惨さまはちょっと困った顔をしていた。だから、多分、これは本当にどうしようもない用事なんだろう。
「猗窩座という鬼を配置する」
ーー猗窩座は上弦の参だ。そしてヤツは、女を食べない。
「いってらっしゃいませ。無事帰ってきてくださいね」
私が言ったら、無惨さまは軽く笑っていた。
「土産を買ってこよう。何が欲しい?」
ぽん、と再び頭を撫でられてそう問われた。私は瞬きをして、無惨さまの赤い瞳を見上げる。
「……旅の途中、一番最初に無惨さまに触れた木の枝が良いです」
「なぜ木の枝が欲しい? 何に使う」
怪訝そうに眉を寄せる無惨さまを見つめたまま、私は少しかすれた声で言った。
「その枝を見る度に、ここで私が安全を祈って待っていると思い出してください」
無惨さまは目を見開いた。梅干し色の瞳いっぱいに私の顔がうつりこむ。
無惨さまは衝動的に私の肩を掴むと、私の首筋に顔を寄せ、そこにがぶりと噛み付いた。びっくりして私が肩を萎縮させると、耳元をわすがに笑うような息がかすめる。
「痕が消える前には帰る」
そう言葉を耳に吹き込むと、瞬きの間に無惨さまは行ってしまった。じんじんと熱い首筋、後々鏡で見てみたら、そこにはくっきりと無惨さまの歯型がついていた。
「随分なことだな」
唐突に声がして慌てて振り向けば、そこには赤い髪の男の人がいた。顔には何本もの青い線が走り、青い目は複眼のようになっている。伏せていた赤いまつ毛を持ち上げると、瞳に『参』という文字が見えた。
「あなたが、猗窩座さんですか?」
男の人、もとい猗窩座さんは薄く笑って頷いた。
「お前があのお方の唯一か」
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モブちゃん - 無惨様、優しい!マジで素敵な作品です。更新、頑張ってください。 (2020年11月8日 21時) (レス) id: 2f84cbf165 (このIDを非表示/違反報告)
かめ(プロフ) - 無惨様大好きです!というか鬼陣営好きすぎるので、鬼贔屓な作品は本当に嬉しくて…しかも内容も面白く!素敵な作品ありがとうございます! (2020年7月6日 22時) (レス) id: 0b12b82150 (このIDを非表示/違反報告)
りんご - 好きですありがとうございます (2020年4月25日 3時) (レス) id: aef362accb (このIDを非表示/違反報告)
きの(プロフ) - そこらへんの小説なんかより面白すぎて泣いてます…天才ですか…?! (2020年3月24日 22時) (レス) id: 2bb340e5dc (このIDを非表示/違反報告)
hina - ああああああ神なんですか!?いや神なんだよねそうに違いない (2020年1月20日 18時) (レス) id: c01e14d75d (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:きりんの木 | 作成日時:2019年10月22日 21時