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「何を今更そんな顔をする? 私が貴様の魂胆に気付いていないとでも思っていたのか」
無惨さまから滲み出る圧で、言葉を話すこともままならないさよ子に、無惨さまはひときわ冷たい声を降り注いだ。
「自分を食べろと言いつつも、私が貴様を食べずに愛着を持つことを期待していたのだろう? お前は生きていろと、その言葉を私から引き出すことが目的だったのだろう」
無惨さまはフッと笑う。
「愚かだな。貴様が私に何かを望むようなことがあって良いとでも思うのか? 私は始祖の鬼にして完璧に限りなく近い存在。本来ならば貴様のような小娘と容易く口を聞くことなどない」
我が主ながら、なんて言い方だ。何を望むと聞いたのは無惨さまなのに、私に何か望んではいけない、だなんて。さよ子は、無惨さまが無惨という名前であることすら知らなかったのに。
でも私は、そんな無惨さまが結局好きでしょうがない。そんな無惨さまだからこそ、私は私としてそばに居られるのだ。
さよ子はぐっと歯を食いしばると、恨みのこもった瞳で私を睨みつけてきた。目には薄っすらと涙が浮かび、頬は数々の罵倒に羞恥と怒りとで赤く染まっている。
「……っAと、私との何が違うのよ! たかだか過ごした時間があの子のが長いだけでしょ?!」
さよ子は燃え尽きる寸前、最期の力を振り絞って暴れる鼠花火のように喚き散らす。
「あんな本を読むくらいしか能がなくて、男の人を愉しませる技も色気も顔も何もかも私のほうが勝ってるような冴えないAのほうがなん」
で、という言葉は途切れた。ほぼ同時に、破壊音とともに悲鳴が聞こえた。さよ子が無惨さまに蹴り飛ばされたのだと分かったのは、舞った土埃がおさまってからだった。
「Aを愚弄することは、私を愚弄することを意味する」
私は驚き、洋服に塵一つつけていない無惨さまを見上げた。
「AはただのAではない。私のAだ。私が拾い、私が認め、私とともに生きてきた私だけのAだ。貴様のほうが勝っている? 笑わせるな。貴様は人間と鼠とで能力の良し悪しを比べるのか?」
さよ子はとうとうわっと泣き出し、部屋から飛び出した。無惨さまはその背を目で追いながら、呟く。
「鳴女、ヤツを童磨のもとへ送れ」
応えるようにベン、と琵琶の音がして、遠ざかるさよ子の足音がふっと消えた。
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モブちゃん - 無惨様、優しい!マジで素敵な作品です。更新、頑張ってください。 (2020年11月8日 21時) (レス) id: 2f84cbf165 (このIDを非表示/違反報告)
かめ(プロフ) - 無惨様大好きです!というか鬼陣営好きすぎるので、鬼贔屓な作品は本当に嬉しくて…しかも内容も面白く!素敵な作品ありがとうございます! (2020年7月6日 22時) (レス) id: 0b12b82150 (このIDを非表示/違反報告)
りんご - 好きですありがとうございます (2020年4月25日 3時) (レス) id: aef362accb (このIDを非表示/違反報告)
きの(プロフ) - そこらへんの小説なんかより面白すぎて泣いてます…天才ですか…?! (2020年3月24日 22時) (レス) id: 2bb340e5dc (このIDを非表示/違反報告)
hina - ああああああ神なんですか!?いや神なんだよねそうに違いない (2020年1月20日 18時) (レス) id: c01e14d75d (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:きりんの木 | 作成日時:2019年10月22日 21時