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「……え」
そう声を漏らしたのは、果たして私だったか、さよ子だったか。
「無惨さまは……気がついていたのですか」
私がさよ子に、嫉妬していたことに。
「当たり前だろう。私がAについて知らないことは何一つ無い」
そう断言してしまう無惨さまが、私はたまらなく好きなのだと自覚する。胸のうちから溢れる感情は、きっとそんなに綺麗なものじゃないけれど。
「気がついたからこの頭の足りない女を屋敷に置いたに決まっている」
無惨さまが背後のさよ子を親指で示す。さよ子を見る目は、向けられていない私ですらゾッとするほど、ひどく冷たい。
「……さよ子を、気に入ったからではないのですか」
無惨さまは私の言葉を聞き、鼻で笑った。
「そんなことがある訳無かろう。それに最初にあの女を始末しようとしたときに遮ったのはAだ」
確かにそのとおりだ。
憑き物が取れたように溌剌と話す無惨さま。しかし再びさよ子をちらりと横目に見たその瞳はやはり、地獄の底でも見ているみたに鋭い。
「昔からこういう人間も、鬼も、多く寄ってきた。完璧に限りなく近い存在である私からの愛を受けることで優越に浸りたいだけのつまらん人間だ」
優越。
私が呟くと、無惨さまは浅く頷いた。
「自分は人と違うと思いたいのだろう。その判断を他者に求めるあたり、陳腐な思考だ。私からすれば、そんなことを考えている時点で奴らはみなそう変わらない。強いて違いを言うならば、食ったときの肉の良し悪しくらいだろう」
ほんの少しだけ、無惨さまの瞳に遥か遠い怒りが滲むので、私はそっと無惨さまの手に手を重ねた。無惨さまはわずかに目を見開くけれど、すぐに細めて、反対側の手で私の頬をなでた。
「……して、女。貴様は確か、食べられたいと常々口にしていたな?」
くるりとその場でさよ子の方へ向く無惨さまの愉快そうな声色。そこでようやく私は、さよ子が真っ青な顔でがたがたと怯え、床に座り込んでいるのに気がついた。さよ子の目は恐怖で見開かれている。
「ち、ちが……私、そんなつもりじゃ……」
「違う? 私に虚言を弄していたというのか?」
ゆら、と無惨さまの気配が変わる。身体中の肌が粟立ち、本能が逃げろと叫ぶほどの重圧。
今や、味見をしてと無惨さまに近寄っていたさよ子の姿も、それを黙って聞いていた無惨さまの姿も、見る影はない。
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モブちゃん - 無惨様、優しい!マジで素敵な作品です。更新、頑張ってください。 (2020年11月8日 21時) (レス) id: 2f84cbf165 (このIDを非表示/違反報告)
かめ(プロフ) - 無惨様大好きです!というか鬼陣営好きすぎるので、鬼贔屓な作品は本当に嬉しくて…しかも内容も面白く!素敵な作品ありがとうございます! (2020年7月6日 22時) (レス) id: 0b12b82150 (このIDを非表示/違反報告)
りんご - 好きですありがとうございます (2020年4月25日 3時) (レス) id: aef362accb (このIDを非表示/違反報告)
きの(プロフ) - そこらへんの小説なんかより面白すぎて泣いてます…天才ですか…?! (2020年3月24日 22時) (レス) id: 2bb340e5dc (このIDを非表示/違反報告)
hina - ああああああ神なんですか!?いや神なんだよねそうに違いない (2020年1月20日 18時) (レス) id: c01e14d75d (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:きりんの木 | 作成日時:2019年10月22日 21時