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もう大丈夫。
その言葉はつまり、それまでの私は大丈夫ではなかったということ。自分でも知らぬうちに、私は『大丈夫』では無くなっていたのだ。
後ろ向きな考えも、緩んだ涙腺も、無意識に人肌を求め抱きついてしまっていたことも、思えば私らしくなかった。
陸太郎に与えられた恐怖は、私が自覚せぬうちに、ずっと私の奥深くに住み着いていたのだ。
それに気がついていた無惨さまは、私を存分に甘やかしてくれていたのだろう。
ほんと、無惨さまには敵わない。
……でも、私は随分とワガママになってしまっていたらしい。こんなにもたくさんのものを無惨さまから頂いたのに、私はそれ以上のものを求めてしまっている。
そんな自分を自覚したのは、私と無惨さまの屋敷に、新しい風が吹き込んだことがきっかけだった。
新しい風。新しい風は、黒く長い髪を持つ、神秘的な姿を持っていた。
「私を非常食としてそばに置いてください!」
まるで、私と無惨さまの言葉にならない関係をあざ笑うかのように、『彼女』はそう言うのだ。
◇◇
事の発端は、私と無惨さまが一緒にそろって街へ買い出しに行った夜のこと。
なんとも恐ろしいことに、ほんの少し無惨さまが私から目を離した隙に私は、お酒の匂いのぷんぷんする男の人たちに囲まれてしまったのだ。逃げようとしても、腕を掴まれ逃げられない。陸太郎の影がちらついて足がすくむ。
場所は裏路地。
むしろそれが好都合だったらしい、無惨さまにとって。
「貴様ら、誰のものに触れている?」
私の目の前の男の人たちは、瞬きの間に糸を切ったようにばたばた倒れた。呻き声を上げ、口から赤黒い血を吐き出す。
無惨さまが男の人たちを殺めるのに、瞬き以上の時間を必要としない。
「……Aは変な奴の気を惹きやすいようだな」
私に返り血のかからない角度を計算したらしい、一点の染みもない私に近寄ると、無惨さまは赤い目を細め、私の額をつついた。
そのときだった。
からん、ころんと音がして、殻になった酒瓶が転がった。音のした方を見れば、そこには一人の女の子がいて、彼女はきらきらと目を輝かせると、こちらにふらふらと近寄ってきたのだ。
「……私、あなたを知っています」
無惨さまが警戒したように私の前に立つけれど、彼女はそれさえ気が付かないように恍惚とした表情を浮かべ、うっとりと言ったのだ。
「やっと見つけました、私の救い主」
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モブちゃん - 無惨様、優しい!マジで素敵な作品です。更新、頑張ってください。 (2020年11月8日 21時) (レス) id: 2f84cbf165 (このIDを非表示/違反報告)
かめ(プロフ) - 無惨様大好きです!というか鬼陣営好きすぎるので、鬼贔屓な作品は本当に嬉しくて…しかも内容も面白く!素敵な作品ありがとうございます! (2020年7月6日 22時) (レス) id: 0b12b82150 (このIDを非表示/違反報告)
りんご - 好きですありがとうございます (2020年4月25日 3時) (レス) id: aef362accb (このIDを非表示/違反報告)
きの(プロフ) - そこらへんの小説なんかより面白すぎて泣いてます…天才ですか…?! (2020年3月24日 22時) (レス) id: 2bb340e5dc (このIDを非表示/違反報告)
hina - ああああああ神なんですか!?いや神なんだよねそうに違いない (2020年1月20日 18時) (レス) id: c01e14d75d (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:きりんの木 | 作成日時:2019年10月22日 21時