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次の日、掃除をしていたら、忘れ物に気がついた。
私はせっかく買ってきた本を、無惨さまのもとへ慌てて走って帰ったがゆえに茶屋に忘れてしまったのだ。
せっかく無惨さまが用意してくださったお金で買った本。頼まれた本。
取りに行かないという選択肢は私の中でほとんど無いに等しかった。
無惨さまは買い出しには行くなと言っていたけれど、一瞬で取りに行って、一瞬で戻ってくればいいのだ。
一日において、私が掃除をしている時間帯だけは、無惨さまは姿を消している。てっきり掃除の邪魔にならないようどこかに隠れてるのかなと思ったけれど、どうやら違うと、ある日私は気がついた。
無惨さまはこの時間に『食事』をしているのだ。
常に私と一緒にいる無惨さまだけど、未だ私は無惨さまが『食事』をする様子を見たことがない。
無惨さまは鬼である。
人間の血肉を食する、鬼であるのに。
だからおそらく、いまこの瞬間、無惨さまは私の知らない誰かを、食べている。
「……」
私は一枚の置き手紙を残し、忘れ物を取りに行くことにした。おそらく、無惨さまが帰ってくるよりもはやく屋敷に戻って来れるだろう。
少し、ほんの少しだけきしむ胸を、無惨さまから渡された服の上からおさえて、私は屋敷から外へ足を踏み出した。
ことを、こんなに後悔するなんて。
じめじめとした裏道。人気のない道。
「A!」
茶屋から忘れ物を無事回収し、近道で屋敷に戻ろうと走り出した私を、呼び止める声がした。
陸太郎だった。
仕事中ではないらしい、仕事着と異なる格好をした陸太郎は振り向いた私の姿を見ると、目を見開いた。
「A、その服……!」
「……ごめん、急いでるから、またね」
会話もそこそこに、再び走り出そうとする私の背に、笑い声とともに愉快そうな言葉が投げつけられた。
「A、俺は嬉しいよ!」
眉を寄せて振り向くと、瞬間、頭に強い衝撃が走る。がくんと視界が傾いて、意識が落ちる。
ぐにゃぐにゃと歪む視界の中、手に太い木の棒を持った陸太郎が、本当に本当に嬉しそうに笑って、私を見下ろしていた。
「な……で……」
なんで、という私の問いも地に溶ける。
陸太郎は最後にひとしきり笑うと、私を抱き上げた。
私が覚えているのは、そこまで。
次に目が覚めたとき、私は手足を縛られ、目と口を布で覆われていた。
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モブちゃん - 無惨様、優しい!マジで素敵な作品です。更新、頑張ってください。 (2020年11月8日 21時) (レス) id: 2f84cbf165 (このIDを非表示/違反報告)
かめ(プロフ) - 無惨様大好きです!というか鬼陣営好きすぎるので、鬼贔屓な作品は本当に嬉しくて…しかも内容も面白く!素敵な作品ありがとうございます! (2020年7月6日 22時) (レス) id: 0b12b82150 (このIDを非表示/違反報告)
りんご - 好きですありがとうございます (2020年4月25日 3時) (レス) id: aef362accb (このIDを非表示/違反報告)
きの(プロフ) - そこらへんの小説なんかより面白すぎて泣いてます…天才ですか…?! (2020年3月24日 22時) (レス) id: 2bb340e5dc (このIDを非表示/違反報告)
hina - ああああああ神なんですか!?いや神なんだよねそうに違いない (2020年1月20日 18時) (レス) id: c01e14d75d (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:きりんの木 | 作成日時:2019年10月22日 21時