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畳の目に沿って布巾を滑らせる。
汚くなったら新しく作り直すから、掃除は不必要だ、と無惨さまは言っていたけれど、こういうのは気分の問題である。だから私は無惨さまに馬鹿だなと鼻で笑われようとも構わずお掃除をしていた。
無惨さまに拾われ、数ヶ月が過ぎた。
私は実は鬼です、と衝撃の告白を聞いたから、てっきり無惨さまの胃袋行きになるかと焦ったけれど、そんなことなかった。一応私は異国の言葉を読める人間として重宝してくれてくれているらしい。よかった。
「なぜ私の与えた服を着ない?」
着物を着た上品な女性が、ひどく不機嫌そうにそう言うので、私は床を拭く手を止め、顔を上げた。
女性の梅干しみたいな瞳が私を射貫く。
本当にびっくりだけれど、この女性は無惨さまの変身した姿らしいのだ。あまりに美しすぎるだろう。造形美すぎるだろう。
「おはようございます、無惨さま。着ましたよ、貰ったその日に試着してみましたとも」
無惨さまは私に顔を寄せると「違う」と凄んだ。
「なぜ今着ていないんだ。まさか、私の与えた服を着れない、気に入らないとでも言うのか」
「そんなそんな、めっそーもない!」
火でも吹きそうな無惨様に、私は両手を振って否を示す。否否、誤解しないでいただきたい。
「あんな凄い服、掃除のときに着れませんよ! 汚れてしまったらどうするんですか!」
「そのときにはまた与える。それに、掃除をしなければ良い」
「そういう訳にもいかないでしょう!」
守銭奴になんてことを言うのだ。お金が湯水のごとく湧いてくると思ったら大間違いだ!
「湧いてくるも何も、金なんて欲しいと思えばいくらでも手に入れる方法はあるだろう」
「こんのお金持ちが!」
がるるる、と歯をむき出しにして威嚇してみたら、女性は楽しそうにちょっと笑った。無惨さまに呼び出されたらしいお仲間の鬼さんがとてもびっくりしたように目を見開いている。
そう、なんと鬼舞辻無惨というお方は、何を隠そうたいそう私を気に入っているらしいのだ。なんの気まぐれだろう、警戒心の塊であるようなこの始祖の鬼が、一介の小娘に心をゆるすだなんて。
「A、今夜は『月彦』の屋敷に行く。支度をしろ」
「はい、かしこまりました」
「それともう一つ。今日は絶対にあの服を着るんだ。いいな?」
さもないと殺す、みたいな言葉を脳内で補う。
私は無惨さまの梅干し色の目を見て笑った。
「考えておきます!」
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モブちゃん - 無惨様、優しい!マジで素敵な作品です。更新、頑張ってください。 (2020年11月8日 21時) (レス) id: 2f84cbf165 (このIDを非表示/違反報告)
かめ(プロフ) - 無惨様大好きです!というか鬼陣営好きすぎるので、鬼贔屓な作品は本当に嬉しくて…しかも内容も面白く!素敵な作品ありがとうございます! (2020年7月6日 22時) (レス) id: 0b12b82150 (このIDを非表示/違反報告)
りんご - 好きですありがとうございます (2020年4月25日 3時) (レス) id: aef362accb (このIDを非表示/違反報告)
きの(プロフ) - そこらへんの小説なんかより面白すぎて泣いてます…天才ですか…?! (2020年3月24日 22時) (レス) id: 2bb340e5dc (このIDを非表示/違反報告)
hina - ああああああ神なんですか!?いや神なんだよねそうに違いない (2020年1月20日 18時) (レス) id: c01e14d75d (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:きりんの木 | 作成日時:2019年10月22日 21時