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「そうか。Aは私の命令を破ったと思っていたのに、私を呼んだのだな」
ふ、と心底嬉しそうにそう言うもんだから、私は目を見開いてまじまじとその顔を見てしまった。美女の笑顔、凄すぎる。なんだかこっちまで照れてしまう。
無惨さまは再びとろりと目を細めると、私を抱き上げ、寝台に寝かせる。まだ眠くもないし、そもそもここは無惨さまの部屋の寝台だし、と目をぱちくりしていたら、その瞬きの一瞬の間に無惨さまは青年の姿になって、肌触りの良さそうな服に着替えていた。
「A」
私がちょっと避けると、無惨さまも一緒に寝台に入ってきた。優しい声で名前を呼ばれて、なんだか胸がむずむずとしてしまう。
無惨さまのしなやかな手が私の前髪をすく。穏やかな無惨さまの表情に、私はふと、無惨さまの言葉の意味を悟った。
私は無惨さまの命令を破った。その自覚があった。もしも私が無惨さまのもとへ戻れば、罰せられるのは想像に容易い。そして私はそのつもりでいた。それなのに、私は無惨さまに助けを求めたのだ。他の誰でもない、無惨さまに。私を殺めるかもしれない主に。
私からしたら当然だけれど、無惨さまはそうではないらしい。はからずも私の忠誠心が、無惨さまに伝わったのか。
優しい手付きに、私は次第にうとうととしてきた。
「眠いのならば、眠ればいい」
美しい無惨さま、残虐で、優しくて、冷酷で、あたたかい。
しかしどれも無惨さまだ。
私の主である、無惨さまなのだ。
「むざんさま……」
夢と現のはざま、私は無惨さまの手に頬を擦り寄せる。無惨さまの指先が私の頬をつつく。
「私はここにいる。だからAは、ただ眠ればいい」
何も知らぬ、赤子のように。
言葉はゆっくりと私に染み込み、やがて私の意識をどろりと溶かす。
「折角逃げる機会を与えたのに……帰ってきたのだな」
柔らかな手つき。
なのに、人を大切にすることを知らない手。
「私のもとへ居ればいい。そうすれば私は、永遠にお前を守ろう」
ええ、無惨さま。
私はずっと、あなたのお側におります。
私も、あなたのことを守ります。
「……A」
意識が途切れる寸前、切なげにかすれたその声を、たしかに私は聞いたのだ。
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モブちゃん - 無惨様、優しい!マジで素敵な作品です。更新、頑張ってください。 (2020年11月8日 21時) (レス) id: 2f84cbf165 (このIDを非表示/違反報告)
かめ(プロフ) - 無惨様大好きです!というか鬼陣営好きすぎるので、鬼贔屓な作品は本当に嬉しくて…しかも内容も面白く!素敵な作品ありがとうございます! (2020年7月6日 22時) (レス) id: 0b12b82150 (このIDを非表示/違反報告)
りんご - 好きですありがとうございます (2020年4月25日 3時) (レス) id: aef362accb (このIDを非表示/違反報告)
きの(プロフ) - そこらへんの小説なんかより面白すぎて泣いてます…天才ですか…?! (2020年3月24日 22時) (レス) id: 2bb340e5dc (このIDを非表示/違反報告)
hina - ああああああ神なんですか!?いや神なんだよねそうに違いない (2020年1月20日 18時) (レス) id: c01e14d75d (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:きりんの木 | 作成日時:2019年10月22日 21時