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「……言う義理はない」
「それはさっき私が言ったことの肯定になりますね」
私の言葉に、わずかに恨めしそうな顔をする冨岡さん。私がふたたび団子をつまむと、お茶の最後のひとくちを飲み切り、店から出ていってしまった。
「…………」
私が団子をもぐもぐと噛みながら店の出入り口のあたりをぼんやりと眺めていたら、隣に座っているおばさんがちょっと、と肩を叩いてきた。
「ちょっと聞こえたんだけどさ、あの事件の話」
私が目を瞬かせると、女の人は息をひそめ、眉を寄せながら続けた。
「どうもあの事件の犯人……『鬼』らしいよ」
「……鬼?」
「そう、鬼。信じてくれないかもしんないけど、鬼ってのは本当に存在しているらしいんだよ」
『本当に存在しているらしい』
鬼がそこまで浸透した存在ではないことにまず驚いたが、私はそれを顔に出さないよう、そつのない相槌を返した。鬼、鬼が女の人を夜な夜な攫っている。そして冨岡さんは、事件の犯人を追っている……。
カタン、と音を立てて、だんごの串が落ちた。
私は一つ、私と冨岡さんとの太い太い繋がりを導いてしまい、その場に居てもたっても居られなくなってしまった。
脳裏に過る、梅干しみたいな赤い瞳ーー。
「……A?!」
店を飛び出す私の手を、とっさに陸太郎が掴む。なんの用事だ。お金はもう払った。私は一秒でもはやく無惨さまのところへ行かなくてはならないというのに……!
「ど、どこ行くん、だよ……!」
「もう帰るの」
振り向いた私の顔を見て、陸太郎はわずかに怯えた顔を見せた。
「な、なんでだよ……もうちょっと居ようぜ?」
「…………」
陸太郎は引く様子がない。こんなに強引なのは珍しい、なんでだ。私が黙ってじっと見ていたら、陸太郎は種明かしをするようにぽつぽつと語った。
「……今日、このあと仕事入ってなくてさ。一緒に、街でも行きたいなぁって思ってて……」
「……ごめん」
それ以上言葉が出てこなくて、私はそれだけで陸太郎の手を払って、走り出した。背中に陸太郎の声がかかるけれど、もはや私には届かない。
私の心には無惨さまでいっぱいだった。
そればっかりだった。
だから、私の背を見つめる、静かな水のような視線にも、熱っぽい視線にも、何にも気が付かなかったのだ。
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モブちゃん - 無惨様、優しい!マジで素敵な作品です。更新、頑張ってください。 (2020年11月8日 21時) (レス) id: 2f84cbf165 (このIDを非表示/違反報告)
かめ(プロフ) - 無惨様大好きです!というか鬼陣営好きすぎるので、鬼贔屓な作品は本当に嬉しくて…しかも内容も面白く!素敵な作品ありがとうございます! (2020年7月6日 22時) (レス) id: 0b12b82150 (このIDを非表示/違反報告)
りんご - 好きですありがとうございます (2020年4月25日 3時) (レス) id: aef362accb (このIDを非表示/違反報告)
きの(プロフ) - そこらへんの小説なんかより面白すぎて泣いてます…天才ですか…?! (2020年3月24日 22時) (レス) id: 2bb340e5dc (このIDを非表示/違反報告)
hina - ああああああ神なんですか!?いや神なんだよねそうに違いない (2020年1月20日 18時) (レス) id: c01e14d75d (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:きりんの木 | 作成日時:2019年10月22日 21時