第三十ニ話 ページ33
*
頬が、熱い。
夜風の冷たさがより一層その事実を私に知らしめる。夏祭りの余韻をしっぽに垂らしながら、私とトムラさんは川沿いの道を二人ならんで歩いている。夜色の水に家々の明かりが映っては、誰かが投げた石でほろろと崩れる。トムラさんはヨーヨーをぼよぼよならして手のひらの上で弄んでた。
「そういえばトムラさん、りんご飴どうしたんですか？」
トムラさんは動きを止めて、あぁと漏らして天を仰ぐ。私も真似て、天を仰ぐ。
夏祭りの夜の空は、いくらか霞んで見えた。
「口封じに使った」
口封じ？ と首を傾けるけれど、トムラさんはそれ以上何か言う気は無いらしく、私も追求するのをやめた。
火照る頬に手の甲で触れる。ピンクの花びらが頭の中にちらついて、頬に熱が集まってしまうのだ。誤魔化すみたいに咳払いをして、私はトムラさんを見上げた。
「……楽しかったですか、夏祭り」
トムラさんはちらりと私を一瞥すると、機嫌よく口の端を釣り上げた。
「悪く無い」
私は想定外の良い反応に、つられて嬉しくなってしまう。えへへ、と笑うとトムラさんは片眉を上げて私を見た。私はトムラさんにへらへは笑い返しながら、あまり深く考えずに、その言葉を口にした。
「来年は、ヨーヨー釣れるといいですね」
びゅう、と夏らしくない冷たい風が吹き抜ける。前髪が風に煽られ、浴衣の袖が暴れる。空気の塊の中心で、トムラさんはなぜだかひどく、驚いた顔をして呟いた。
「……そう、だな」
ぎこちない返事。私が目をぱちくりさせると、トムラさんは視線を左右に揺らして、やがて穏やかに目を細めた。
「そうだな、来年は。……そうだな」
念を押すようにそう繰り返すトムラさん。
私は胸が柔らかに跳ねるのを聞いた。
それはまさしく、私の大好きな顔であった。トムラさんが穏やかに微笑んでいるあの顔。
空を見上げてみた、もう一度。
街の灯りが眩しくて、星は全然見えない。しかしそれでも、あるのだ。私には見えないだけで、見えている人は日本中にたくさんいるのだ。同じだと思った。トムラさんの笑顔と同じ。
＿＿夏祭り、誘ってよかった。
夜を歩く。私の鼻歌とトムラさんの馬鹿にするような声とともに。
そういえば次の日、夏祭りの会場でりんご飴を口に突っ込まれ、気絶している男の人が発見されたというニュースを友達から聞いたけれど、鈍色の雲に洗濯物の心配をしていた私の耳にはあまり入ってこなかった。
*
この小説をお気に入り追加 (しおり)
登録すれば後で更新された順に見れます 1183人がお気に入り
お気に入り作者に追加
この作品を見ている人にオススメ
この作品を見ている人にオススメ
「ヒロアカ」関連の作品
違反報告 - ルール違反の作品はココから報告感想を書こう！(携帯番号など、個人情報等の書き込みを行った場合は法律により処罰の対象になります)
ちゃこ(プロフ) - うぅ…好きです！！今なら私も花咲かせられそうです😭！前から気になっていた弔くん…無事推しになりましたありがとうございます！！ (2022年5月25日 5時) (
レス) @page50 id: e4e61dc8c5 (このIDを非表示/違反報告)
mikitty(プロフ) - 完結おめでとうございます！最高でした！ (2020年8月18日 1時) (レス) id: 05ebd46207 (このIDを非表示/違反報告)
弥生 - はなかっぱ… (2020年2月4日 3時) (レス) id: 86c077b51d (このIDを非表示/違反報告)
りん(プロフ) - すごく良かったです！！！死柄木君の小説は初めてだったんですけど、もう最高すぎました！！ (2019年11月5日 22時) (レス) id: a8dea294c9 (このIDを非表示/違反報告)
オーバー - 完結おめでとうございます！最後までキュンキュンさせていただきました！！ 占ツクを徘徊していた時に、とんでもなく良いこの作品を見つけてからは、ずっと応援していました(´ω`*) もちろんこれからも応援しています、頑張ってください！！ (2019年8月25日 22時) (レス) id: 50e4bb27d4 (このIDを非表示/違反報告)
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
作者名：きりんの木
| 作成日時：2019年6月13日 19時
