第八話 ページ9
*
通勤路、と言うべきなのか、いつもバーへ向かう道をトムラさんと二人でのんびり歩いていることが、何となく不思議だった。フードを被ったトムラさんは影のかかった顔で周囲をよく見回しながら静かに歩いている。私はあまり歩くのが早くないけれど、脚の長いトムラさんと一緒に歩いていて辛くないのは、トムラさんが歩幅を合わせてくれていたからだと気がついたのは、点滅した青信号に慌てて横断歩道を渡ったときだった。離すタイミングを失ったのか、それとも本当に私が誘拐されるのを心配しているのか、トムラさんは私の手首をまだ掴んだままだ。
「お前細ぇな、折れるぞ」
「いや、そう簡単に折れないですって」
後ろから追い越す自転車を避けようとトムラさんがぎゅっと握って私を自分に引き寄せたとき、そんなふうにぼやいていた。
バスで行くという選択肢もあったけれど、有無を言わさずトムラさんが徒歩で行くルートを選んだ。遠くから誰のかもわからない子供のはしゃぐ声を聞きながら、私達はのんびり、それはのんびり歩いた。黒霧さんに早めに帰ると言ったけれど、これだと無理そうだ。
私達は他愛もない話をした。
「トムラさんは、よく行かれるんですか？ ショッピングモール」
「行かない」
「私もです。……初心者同士ですね」
私がくすくす笑うと、トムラさんは片眉を上げて私を見下ろした。
「……なんで行かないんだ？」
「ん？ ショッピングモールにですか？」
トムラさんは浅く頷くと、カサついた唇で緩やかな弧を描いた。トムラさんにしては珍しい、ひどく穏やかな表情だ。私は面を喰らいつつも、うーん、と唸った。
「……お金が、無いんですよね。私は年中無休金欠なんです」
えへへ、と笑うとトムラさんはへぇ、と呟いた。そして私の鞄に手を突っ込むと、封筒を取り出して、そこから日本円の最高額、つまり一万円を何枚か取り出して私に渡した。
「お前にやる」
「……え、お給料ですか」
「違う。無いんだろ？ お金」
「……い、いらないです」
私が断ると、トムラさんは不思議そうな顔をした。私はお金を拒否し、何度も首を振った。何度も何度も、俯いて。
「……お願いします、トムラさん、仕舞ってください」
視界の端に、青がちらついた。
トムラさんの手が私の頭の上に触れる気配がした。指が顎に添えられ、上を向けさせられる。
視線を上げた先、そこには青い花弁を片手に眉を寄せるトムラさんがいた。
*
この小説をお気に入り追加 (しおり)
登録すれば後で更新された順に見れます 1183人がお気に入り
お気に入り作者に追加
この作品を見ている人にオススメ
この作品を見ている人にオススメ
「ヒロアカ」関連の作品
違反報告 - ルール違反の作品はココから報告感想を書こう！(携帯番号など、個人情報等の書き込みを行った場合は法律により処罰の対象になります)
ちゃこ(プロフ) - うぅ…好きです！！今なら私も花咲かせられそうです😭！前から気になっていた弔くん…無事推しになりましたありがとうございます！！ (2022年5月25日 5時) (
レス) @page50 id: e4e61dc8c5 (このIDを非表示/違反報告)
mikitty(プロフ) - 完結おめでとうございます！最高でした！ (2020年8月18日 1時) (レス) id: 05ebd46207 (このIDを非表示/違反報告)
弥生 - はなかっぱ… (2020年2月4日 3時) (レス) id: 86c077b51d (このIDを非表示/違反報告)
りん(プロフ) - すごく良かったです！！！死柄木君の小説は初めてだったんですけど、もう最高すぎました！！ (2019年11月5日 22時) (レス) id: a8dea294c9 (このIDを非表示/違反報告)
オーバー - 完結おめでとうございます！最後までキュンキュンさせていただきました！！ 占ツクを徘徊していた時に、とんでもなく良いこの作品を見つけてからは、ずっと応援していました(´ω`*) もちろんこれからも応援しています、頑張ってください！！ (2019年8月25日 22時) (レス) id: 50e4bb27d4 (このIDを非表示/違反報告)
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
作者名：きりんの木
| 作成日時：2019年6月13日 19時
