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ひゅうひゅう、と私の喉から細い細い息が漏れる。心臓がそこにあるみたいに、私のお腹からどくどくと血が溢れる。人間の身体はある一定量の血が外へ出てしまうと死ぬ。私はおそらくもうすぐ、死ぬ。
あぁ、私は騙されたのだ。
いや、勘違いしていたのだ。
人間は私を殺さないと。人間は人間を殺さないと!
死を目前にして私が考えるのはやっぱり無惨さまのことだ。
無惨さま、あぁ、私の大切な人。
無惨さまは、私がいなくなったらまた一人で洋書を読む日々を送るのだろうか。
それともまた別の、洋書を読める人を用意するのだろうか。
そんなの嫌だなぁ。
無惨さま。
私は孤児として生まれ育ち、わがままなんてとうの昔に捨てたはずだったのに。捨てたはずなのに。もう何も、望む必要なんてないくらいたくさん貰ったのに。
ふいに私の視界に美しい人の顔が飛び込んできた。この腐った夜に馴染みきれない人、無惨さま。
「A……?」
あぁ、やっぱり来てくれたのですね。
無惨さまの静かな瞳、赤い瞳。今なら分かる、その瞳には寂しさの色が静かに讃えられている。無惨さま、愛しい人、大切な人、私の唯一。
「……死ぬのか、A」
そうみたいです、無惨さま。もう少し長く一緒に居ることが出来ると思っていましたが、残念ながら、もう駄目そうです。
無惨さまは私のお腹に触れると、手のひらにべっとりとついた血をぼんやりと見た。
「……そうだ、人はこんなにも脆いのだな」
しばし呆然としていた無惨さまだけれど、ぼんやりとした顔のまま手のひらについた私の血を舐めると、じわじわと目を見開いた。
「A、お前が、死ぬのか……?」
言葉が、瞳が、震えていた。
肩を掴まれた、無惨さまは、怯えていた。
A、A、A。
私を引き止めるように、何度も何度も私を呼ぶ。
「……鬼に、しても良いか」
無惨さまは、言った。その目尻には感情の水滴がじわりと浮かんでいた。
「……無惨さま」
分かっているのでしょう、本当は。
「私は、鬼にならない体質です」
分かっているのです、本当は。
赤い瞳からしずくが一滴落ちた。
無惨さまはぐっと唇を噛みしめると、血の滲んだそれで私の唇を塞いだ。私のはじめての接吻は、血の味がした。
蘇る、思い出。
無惨さまとの、思い出。
そう、始まりは、死臭のたちこめる夜の街だった。
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久遠(プロフ) - 本当に凄く素敵なお話でした。転生した先で2人が幸せであることを願います。転生した先でのお話も読みたいなぁという気持ちもあります。きりんの木さんの小説をまた読みたいのでpixivのアカウントをいつか絶対見つけたいです。教えてくださるのが1番助かりますがね笑 (6月28日 21時) (レス) id: d025dfcb18 (このIDを非表示/違反報告)
みずき(プロフ) - 素敵な話でした。どの目線から言うのかという感じですが、文章の書き方も素晴らしいかったです。無惨様への罰という形で終わりましたが、無惨様へ幸せを送る形で、新しい二人の話を読みたかったなと言う気持ちではあります。 (5月29日 23時) (レス) @page43 id: d9f5409103 (このIDを非表示/違反報告)
chiaki0708(プロフ) - ドキドキが止まらない素晴らしい作品でした!!!無惨様の好感度爆上がりです! (2021年12月14日 8時) (レス) @page43 id: 26a665cc7a (このIDを非表示/違反報告)
尊都(プロフ) - 約1年ぶりにお気に入りを探りこの小説を読み返しました。完結お疲れ様です。寂しいですが、2人らしい最期でした。悪役である無惨さまへの贈り物、素敵だと思います。素晴らしい作品をありがとうございました。 (2021年9月27日 3時) (レス) @page37 id: 6a52012404 (このIDを非表示/違反報告)
なあ - 素晴らしい作品でした。作品の中の無惨が生きているような感覚でした (2021年9月25日 2時) (レス) @page37 id: a69664b85d (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:きりんの木 | 作成日時:2020年1月25日 12時